なぜ、あの「トップセールス」を真似しても、組織の売上は上がらないのか?

「うちにも、ずば抜けて成果を出すトップセールスがいる。彼のやり方を皆で真似すれば、組織全体の売上も上がるはずだ」

経営者や営業責任者の方であれば、一度はこう考えたことがあるのではないでしょうか。一人のエースの存在は心強く、その成功体験は組織にとって貴重な財産です。しかし、その「成功の型」を他のメンバーに展開しようとしても、なぜか思うように成果が上がらない。それどころか、現場の士気が下がり、組織が停滞してしまうことさえあります。

一体なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。

本コラムでは、多くの企業が陥りがちな「トップセールスの模倣」という落とし穴について掘り下げ、個々の営業担当者が輝き、組織全体で成果を出し続けるための本質的なアプローチについて解説します。もし、「エースに依存した営業体制から抜け出したい」「営業担当者の育成に悩んでいる」「受注率は高いが一部の人間だけ。解約率も気になる」といった課題をお持ちであれば、ぜひ最後までお付き合いください。

「模倣」が機能しない4つの根本理由

トップセールスのやり方を組織に展開しようとする試みが失敗に終わるのには、明確な理由が存在します。それは決して、他の営業担当者の能力が低いからではありません。構造的な問題が横たわっているのです。

1. 個性の違いという乗り越えられない壁

最も大きな理由は、人と人との「個性」の違いです。トップセールスが持つ独自の強み、キャラクター、コミュニケーションスタイル、思考の癖は、その人がこれまでの人生で培ってきた唯一無二のものです。

例えば、論理的で緻密なデータ分析を得意とし、冷静沈着なプレゼンテーションで顧客の信頼を勝ち取るタイプのトップセールスがいたとします。彼の成功手法を、人懐っこく、顧客との感情的なつながりを築くことを得意とする別の営業担当者が完全に模倣しようとしたらどうなるでしょうか。

おそらく、本来の持ち味である共感力を発揮できず、慣れない論理武装に終始してしまい、ぎこちないコミュニケーションになってしまうでしょう。結果として、顧客に何も響かず、営業担当者本人も「自分には才能がない」と自信を失ってしまうかもしれません。

強みを消して弱みを補強しようとするアプローチは、個人のパフォーマンスを著しく低下させます。野球で例えるなら、俊足巧打の選手に、ホームランバッターのスイングを無理やり真似させるようなものです。これでは、ヒットすら打てなくなってしまうのは当然と言えるでしょう。

2. 再現性の低い「暗黙知」への依存

トップセールスの成果は、言語化できる「ノウハウ」だけで成り立っているわけではありません。その多くは、「顧客の表情から本音を読み取る感覚」「商談の潮目が変わる絶妙なタイミングでの一言」「長年の経験で培われた業界への深い洞察」といった、本人の経験則や感覚に根差した「暗黙知」に支えられています。

彼らに「なぜあの場面で、あの提案ができたのか?」と尋ねても、「なんとなく、いけると思ったから」「経験上、そうすべきだと感じた」といった、他の人が再現しようのない答えが返ってくることが少なくありません。

この言語化・マニュアル化が難しい「暗黙知」こそが、トップセールスをトップセールスたらしめている核心部分です。この部分を無視して、表面的なトークスクリプトや行動だけを真似させても、本質的な成果にはつながらないのです。

3. 変化し続ける市場と顧客

トップセールスが成功を収めてきた「勝ちパターン」が、未来永劫通用するとは限りません。市場環境は常に変化し、顧客が抱える課題や情報収集の方法も多様化・高度化しています。

かつては有効だった特定のアプローチが、新しいタイプの顧客には全く響かない、あるいは時代遅れと見なされてしまうこともあります。一人のエースが持つ限られた成功体験だけに依存することは、変化への対応力を失わせ、組織全体のリスクを高めることにつながります。

多様な個性を持つ営業担当者が、それぞれのアンテナで市場や顧客の変化を捉え、様々なアプローチを試みることこそが、組織として変化に対応し続ける力を養うのです。

4. 組織全体のモチベーション低下という副作用

「なぜ、彼のようにできないんだ?」 この言葉は、トップセールスを絶対的な基準に据えたときに、マネージャーが発してしまいがちな危険なメッセージです。

他のメンバーからすれば、それは「自分は劣っている」という烙印を押されることに他なりません。絶対的な正解とされるやり方を強いられ、自分のやり方を否定され続ける環境では、仕事への意欲や主体性は失われていきます。

本来、仕事のやりがいや楽しさは、「自分で考え、工夫し、行動した結果、顧客に貢献できた」という実感や、「昨日できなかったことができるようになった」という成長実感から生まれるものです。画一的な模倣の強制は、これらのポジティブな感情を根こそぎ奪い去り、指示待ちの人間を増やし、組織の活力を削いでしまいます。最悪の場合、優秀な人材の離職にもつながりかねません。

では、どうすれば組織全体の営業力を向上できるのか?

トップセールスの模倣が有効でないとすれば、私たちは何をすべきなのでしょうか。目指すべきは、「一人の天才に依存する組織」から、「凡人が集まって非凡な成果を出す組織」への転換です。そのために必要なのは、「個を活かす育成」と「再現性を高める仕組み」の両輪を回すことです。

ステップ1:トップセールスの「結果」ではなく「プロセス」を分解する

まず、トップセールスの存在を否定する必要はありません。彼らの行動は、成功のヒントに満ちた宝の山です。重要なのは、その「やり方」をそのまま真似させるのではなく、その「思考プロセス」や「行動原則」を分解し、他のメンバーが応用できる要素を抽出することです。

  • 準備段階: 彼は商談前にどのような情報を、どこから、どのくらいの時間をかけて収集しているのか?
  • 仮説構築: 収集した情報から、顧客の課題についてどのような仮説を立てているのか?
  • ヒアリング: 商談の場で、どのような質問を、どのような順番で投げかけているのか?その意図は何か?
  • 提案: 顧客の反応に応じて、どのように提案内容を変化させているのか?
  • クロージング: どのようなタイミングで、どのような言葉を使って意思決定を促しているのか?
  • 失注分析: うまくいかなかった案件から、何を学び、次にどう活かしているのか?

これらの「なぜ、そうするのか?」という背景にある思考を明らかにすることで、表面的なトークだけでなく、営業活動の根幹をなすエッセンスを学ぶことができます。

ステップ2:各メンバーの「強み」と成功プロセスを掛け合わせる

次に、分解して得られた成功の要素を、他のメンバー一人ひとりの個性や強みと掛け合わせていきます。ここが、組織全体の力を引き出す上で最も重要なプロセスです。

例えば、先ほどの「人懐っこく、顧客との感情的なつながりを築くのが得意」な営業担当者であれば、

「トップセールスの緻密な事前準備のプロセスを取り入れつつ、商談の冒頭では君の強みである雑談力を活かして、徹底的に顧客との信頼関係を築くことに時間を使ってみよう。そこで得た本音の情報を基に、準備した仮説をぶつけてみてはどうだろうか?」

といった、個別のアドバイスが可能になります。

これは、画一的な研修や集合教育では決して実現できません。上司やマネージャーが、日々の業務を通じてメンバーの働きを観察し、定期的な対話の機会を持つことで初めて可能になります。

ステップ3:対話による「気づき」を促す(1on1の活用)

ここで効果を発揮するのが、近年多くの企業で導入されている「1on1ミーティング」です。しかし、単なる進捗確認の場になってしまっては意味がありません。育成を目的とした1on1では、上司は「教える(ティーチング)」のではなく、「引き出す(コーチング)」姿勢が求められます。

  • 「今週の活動で、一番うまくいったと感じることは何?」
  • 「その時、どんなことを意識していた?」
  • 「その成功体験を、他の案件でも活かせそうだね。どうすればできると思う?」
  • 「逆に、もっとこうすれば良かったと思う点は?」
  • 「その課題を乗り越えるために、どんなサポートがあれば嬉しい?」

このような対話を通じて、メンバー自身に自分の強みや課題を「気づかせる」のです。上司から一方的に「こうしろ」と言われるのではなく、自分で考え、答えを見出すプロセスを経ることで、本人の主体性が育まれ、行動変容への納得感が高まります。

この対話の積み重ねが、メンバー一人ひとりの「自分だけの勝ちパターン」を形作り、仕事への自信と成長実感をもたらします。

ステップ4:個人の成功を組織の資産に変える「仕組み」を構築する

最後に、こうして生まれた個々の成功事例やノウハウを、個人のものにとどめず、組織全体の資産として共有し、誰もが活用できる「仕組み」を整えることが不可欠です。

  • 情報共有ツール: 顧客情報(CRM)や商談履歴(SFA)はもちろんのこと、成功した提案資料やヒアリングシート、顧客から喜ばれたメールの文面などを、誰もがいつでも閲覧できる場所に蓄積します。
  • ナレッジ共有会: 定期的に、うまくいった事例を共有する場を設けます。トップセールスだけでなく、若手や中堅社員が発表する機会を作ることで、多様な成功パターンを学ぶことができます。重要なのは、「こんなすごい成果を出した」という自慢話で終わらせず、「なぜうまくいったのか」「どんな工夫をしたのか」というプロセスを共有することです。
  • 標準化とカスタマイズ: 営業プロセスの中に、「これだけは必ず守るべき」という最低限の基準(標準)を設けます。例えば、商談後の議事録作成やCRMへの入力ルールなどです。その上で、各プロセスにおける具体的なアプローチ方法は、個々の営業担当者が自分の強みを活かして工夫できる余地(カスタマイズ)を残します。

こうした仕組みを整えることで、「誰が担当しても、一定水準以上の価値を顧客に提供できる」という組織としての安定感が生まれます。これは、一人のエースが突然離脱しても揺らがない、強い営業組織の土台となります。エースの暗黙知に頼るのではなく、組織全体で知見を積み上げ、進化させていくのです。

目指すべきは、多様な個性が響き合うオーケストラ

本コラムでお伝えしたかったのは、トップセールスという存在を否定することではありません。むしろ、彼らの卓越した能力を組織の資産として最大限に活用するための、より効果的なアプローチをご提案したかったのです。

スーパーヒーロー一人の力で勝利を目指すのではなく、多様な楽器(個性)を持つ演奏者(営業担当者)が、指揮者(マネージャー)のもと、一つの楽譜(仕組み・戦略)に基づいてそれぞれの最高の音色を奏でる。そうして生まれる調和のとれた美しい音楽(組織としての成果)こそが、私たちが目指すべき姿ではないでしょうか。

このような組織では、営業担当者一人ひとりが、自らの強みを活かして顧客に貢献しているという「貢献実感」や、日々新しい挑戦を通じて成長しているという「成長実感」を得やすくなります。結果として、仕事への満足度が高まり、それがさらなるパフォーマンス向上、そして顧客満足度の向上へとつながる好循環が生まれます。

受注率を高めることはもちろん重要ですが、それと同じくらい、顧客と長期的な信頼関係を築き、解約率を低く抑えることも、企業の安定的な成長には欠かせません。個々の営業担当者が、マニュアル通りの対応ではなく、自らの個性と知恵を活かして顧客一人ひとりと真摯に向き合うことこそが、その両方を実現する唯一の道です。

もし今、貴社が一部のエースに頼りきりの営業体制に課題を感じていたり、営業担当者の育成や組織の仕組みづくりに悩みを抱えていたりするのであれば、一度立ち止まり、「トップセールスのやり方を真似させる」という考え方から距離を置いてみてはいかがでしょうか。

まずは、現場の営業担当者一人ひとりの声に耳を傾け、彼らが持つ個性や強みを再発見することから始めてみませんか。その小さな一歩が、貴社の営業組織を持続的な成長へと導く、大きな転換点になるかもしれません。