はじめに
「とにかく足で稼げ」「気合と根性で契約を取ってこい」。 かつて営業の現場では、このような言葉が飛び交い、個人の馬力に頼った「ゴリゴリの営業」が賞賛されていました。実際、そのスタイルで大きな成功を収めてこられた経営者や営業責任者の方も少なくないでしょう。
しかし、時代は大きく変わりました。 「最近、昔ながらのやり方では思うように成果が出ない」 「若手社員が育たず、すぐに辞めてしまう」 「受注率は伸び悩み、苦労して獲得した顧客もすぐに離れていってしまう」
もし、このような課題に一つでも心当たりがあるのなら、それは営業担当者個人の能力や努力が足りないからではないのかもしれません。原因は、市場や顧客の変化に対応できていない、組織の「営業スタイル」そのものにある可能性が高いのです。
本コラムでは、なぜかつての営業スタイルが通用しなくなったのか、そして、これからの時代に顧客から選ばれ続け、持続的に成長していく営業組織には何が求められるのかを、具体的な考え方と共にお伝えします。これは、小手先のテクニック論ではありません。会社の未来を左右する、営業組織の根本的な変革に向けたお話です。
第1章:時代が「ゴリゴリの営業」を過去のものにした3つの変化
なぜ、あれほど強力だったはずの「ゴリゴリの営業」は、その輝きを失ってしまったのでしょうか。その背景には、無視することのできない3つの大きな環境変化があります。
1. 情報の主導権が「企業」から「顧客」へ移った かつて、顧客が製品やサービスに関する情報を得る手段は、企業の広告や営業担当者からの説明など、非常に限られていました。営業担当者は情報の提供者として優位な立場にあり、その情報量を武器に商談をコントロールすることが可能でした。
しかし、インターネットの普及により状況は一変します。顧客は、営業担当者に会う前に、ウェブサイトや比較サイト、SNSの口コミなどを通じて、膨大な情報を自ら収集し、比較検討することが当たり前になりました。時には、営業担当者以上に深い知識を持っていることさえあります。
このような状況で、自社製品のメリットだけを一方的に語るような営業は、顧客から「もう知っている」「売り込まれている」と見なされ、敬遠されてしまいます。顧客が求めているのは、ネットには載っていない専門的な知見や、自社の状況に合わせた最適な解決策の提案なのです。
2. 顧客の求める価値が「所有」から「利用」へシフトした BtoB、BtoCを問わず、ビジネスモデルは「売り切り型」から、継続的な関係を前提とする「サブスクリプション型」や「リカーリング型」へと大きくシフトしています。
この変化は、営業の役割を根底から変えました。売り切り型であれば、契約の瞬間がゴールでした。しかし、継続利用が前提のモデルでは、契約はあくまでスタートラインに過ぎません。顧客がサービスを使い続け、その価値を実感し、「成功」してくれなければ、すぐに解約に至ってしまいます。
つまり、目先の売上だけを追い求め、強引に契約を獲得しても、その後の顧客満足度が低ければ、結果として解約率の上昇という形で跳ね返ってきます。短期的な成果よりも、長期的な視点で顧客との信頼関係を築き、成功を支援し続けること(カスタマーサクセス)の重要性が飛躍的に高まっているのです。
3. 働く人の価値観が多様化した 「24時間戦えますか」という言葉が流行した時代は終わりを告げました。現代、特に若手社員は、仕事に対して金銭的な報酬だけでなく、自己成長や社会への貢献、ワークライフバランスといった多様な価値観を求めるようになっています。
長時間労働を強いたり、精神論で鼓舞したりするような旧来のマネジメントスタイルは、彼らのモチベーションを著しく低下させ、最悪の場合、早期離職につながります。一人ひとりの個性や価値観を尊重せず、画一的な「あるべき営業像」を押し付ける育成方法では、社員が定着しないだけでなく、彼らが持つ本来の能力を開花させることもできません。
これら3つの変化は、もはや一時的なトレンドではなく、不可逆的な時代の潮流です。この現実から目を背け、過去の成功体験に固執し続けるならば、営業組織の衰退は避けられないでしょう。
第2章:これからの時代に選ばれる営業組織の共通項
では、環境の変化に対応し、成果を出し続けている営業組織は、どのような特徴を持っているのでしょうか。そこには、従来の「個人技」に頼る営業とは一線を画す、いくつかの共通項が見られます。
1. 目的は「売ること」ではなく「顧客の成功」 現代の優れた営業担当者は、自らを「製品を売る人」ではなく、「顧客の課題を解決するパートナー」と位置づけています。彼らは、商談の場で自社製品の機能説明に終始することはありません。まず行うのは、顧客が抱えるビジネス上の課題、目標、そして組織内の人間関係に至るまで、深くヒアリングし、理解することです。
そして、顧客自身も気づいていないような潜在的な課題を明らかにし、その解決策として自社の製品やサービスを位置づけ、提案します。その姿勢は、顧客にとって「信頼できる相談相手」であり、単なる取引先以上の価値を感じさせます。このような関係性を築くことで、価格競争に陥ることなく、長期的な取引へとつながっていくのです。
2. 「個の力」と「組織の力」を融合させている エースセールスマンの個人的なスキルや人脈に依存した組織は、その人が退職した途端に売上が急落するなど、極めて脆弱です。持続的に成長する組織は、「個の力」を否定するのではなく、その力を最大限に活かしつつ、組織全体で戦う仕組みを持っています。
例えば、
- 営業プロセスの標準化: 誰が担当しても一定の品質を保てるように、初回アプローチから受注、その後のフォローまでの流れを明確に定義し、共有しています。
- 情報の徹底的な共有: SFA(営業支援システム)やCRM(顧客関係管理システム)などを活用し、顧客情報や商談の進捗、成功事例や失敗談をリアルタイムで組織全体に共有しています。これにより、一人の経験がチーム全体の学びとなり、組織全体の営業力が底上げされます。
- 部門間のスムーズな連携: マーケティング部門が見込み客を獲得し、インサイドセールスがその質を高め、フィールドセールスが商談をクロージングし、カスタマーサクセスが顧客の成功を支援する。このように、各部門がそれぞれの役割を全うし、顧客情報をスムーズに引き継ぐことで、一貫性のある質の高い顧客体験を提供しています。
3. 育成の考え方が「画一的な指導」から「個性の伸長」へ 成果を出す組織は、トップセールスのやり方をそのまま他のメンバーに真似させる、といった画一的な育成を行いません。なぜなら、人にはそれぞれ得意なこと、苦手なことがあるからです。ロジカルな説明が得意な人もいれば、相手の懐に飛び込むのが上手い人もいます。
優れたマネージャーは、メンバー一人ひとりの個性や強みを注意深く観察し、それを最大限に発揮できるような役割や目標設定、指導を行います。そのために不可欠なのが、定期的な1on1ミーティングです。
これは単なる進捗確認の場ではありません。メンバーが今、何に悩み、何を目指しているのか、どのようなサポートを必要としているのかを深く理解するための対話の時間です。マネージャーが「管理」するのではなく、「支援」するスタンスで向き合うことで、メンバーは安心して挑戦でき、仕事の中に「成長実感」や「貢献実感」を見出すことができます。やらされ仕事ではなく、自らの意思で仕事を楽しむ社員が増えることこそが、組織全体のパフォーマンスを最大化させるのです。
第3章:持続可能な営業組織へ変革するための3ステップ
自社の営業組織を、時代に対応した持続可能な形へと変えていくためには、何から手をつければよいのでしょうか。闇雲にツールを導入したり、研修を行ったりするだけでは、根本的な解決には至りません。以下の3つのステップで、着実に変革を進めていくことが重要です。
ステップ1:現状の徹底的な可視化 変革の第一歩は、自分たちの現在地を正確に知ることから始まります。勘や経験に頼るのではなく、客観的なデータに基づいて、組織の健康状態を診断しましょう。
- 営業プロセスの分解: アポイント獲得から初回訪問、提案、クロージング、受注後のフォローまで、営業活動の各段階における移行率(歩留まり)やリードタイムを数値で把握します。どこにボトルネックがあるのかが一目瞭然になります。
- 活動量の把握: 訪問件数や電話件数といった量だけでなく、商談時間や提案内容といった「質」に関するデータも重要です。誰が、どのような活動に、どれくらいの時間を費やしているのかを可視化します。
- 失注・解約理由の分析: 「価格で負けた」「タイミングが合わなかった」といった表面的な理由で終わらせず、「なぜ価格で負けたのか」「なぜそのタイミングで提案することになったのか」という根本原因を深掘りします。顧客からの正直なフィードバックは、組織の課題を映す鏡です。
これらの分析を通じて、「受注率が低い」という課題の裏に、「初回訪問でのヒアリングが不十分で、顧客の真のニーズを捉えられていない」という原因が隠れていることに気づくかもしれません。
ステップ2:あるべき姿(理想の営業組織)の定義 現状を把握したら、次に目指すべきゴールを明確に定義します。この時、経営陣だけで決めるのではなく、現場のマネージャーやメンバーも巻き込みながら、全員が納得できるビジョンを描くことが成功の鍵となります。
- 理想の顧客関係の定義: 私たちは顧客にとって、どのような存在でありたいのか。「安くて便利な業者」なのか、それとも「事業成長に欠かせない戦略的パートナー」なのか。この定義によって、営業担当者の振る舞いや提案内容は大きく変わります。
- 理想の営業プロセスの設計: 理想の顧客関係を築くためには、どのような営業プロセスが必要か。情報提供のタイミング、提案の内容、社内の連携体制などを具体的に設計します。
- 定量目標の設定: 「受注率30%以上」「解約率10%以下」といった、誰もが共通認識を持てる具体的な数値を目標として掲げます。この目標が、日々の活動の拠り所となり、変革の進捗を測る物差しとなります。
ステップ3:仕組みと文化の構築 ゴールが定まったら、そこへ到達するための「仕組み」と、それを支える「文化」を構築していきます。
- 育成の仕組み化: 勘や経験に頼ったOJTから脱却し、体系的な育成プログラムを導入します。例えば、ロールプレイングを定期的に実施して商談スキルを磨いたり、成功事例を基にしたケーススタディで提案の引き出しを増やしたりします。前述した1on1も、個々の成長を継続的に支援する重要な仕組みの一つです。マネージャーがメンバーの小さな成功を認め、次の挑戦を後押しするサイクルを回すことで、社員は自律的に成長していきます。
- 情報共有の仕組み化: SFA/CRMへの入力を徹底するルールを作り、情報が特定の人に留まる「属人化」を防ぎます。入力された情報を基に、チームで戦略を練ったり、成功パターンを分析したりすることが当たり前の状態を目指します。
- 挑戦を奨励し、学びを共有する文化の醸成: 新しいアプローチを試みて失敗したとしても、それを責めるのではなく、チームの貴重な学びとして共有し、次に活かす文化を育むことが重要です。経営者や管理職が率先して失敗談を語ることも、心理的安全性の高い組織文化を作る上で非常に効果的です。
これらの変革は、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。しかし、一歩ずつ着実に進めることで、組織は確実に強く、しなやかになっていきます。
おわりに
もはや、一人のスーパーマンが会社を牽引する時代ではありません。顧客の課題は複雑化し、市場の競争は激化の一途をたどっています。このような時代を勝ち抜くためには、営業担当者一人ひとりが顧客と真摯に向き合い、個性を活かしながら成長できる環境と、組織全体でその活動を支える強固な仕組みが必要です。
「ゴリゴリの営業」という過去の成功体験から脱却し、顧客と誠実に向き合い、チームで成果を出す。その変革の先にこそ、企業の持続的な成長があります。
この記事を読んで、「自社の営業組織がどこから手をつければ良いのか、具体的な課題がどこにあるのかを、一度整理してみたい」と感じられたかもしれません。そのように自社の現状に目を向け、課題意識を持つことこそが、未来に向けた変革の、最も重要な第一歩となるはずです。