はじめに
「営業の成果が特定の社員に依存している」 「営業担当者が指示待ちで、自ら考えて動いてくれない」 「もっと組織として、安定的に売上を伸ばせる体制を作りたい」
多くの経営者様が、このような営業組織に関する悩みを抱えていらっしゃいます。個人の能力に頼った属人的な営業スタイルは、その社員が退職すれば売上が激減するリスクを常に内包しており、企業の安定的な成長を阻害する大きな要因となります。
織田信長はこんな言葉を残しています。
「仕事は探してやるものだ。自分が創り出すものだ。与えられた仕事だけをやるのは雑兵だ」
この言葉は、現代のビジネス、特に営業組織が抱える課題の本質を鋭く突いています。本コラムでは、この家康の言葉を深く掘り下げ、貴社の営業組織を、単なる「雑兵」の集まりから、自ら仕事と成果を創り出す「将」の集団へと変革させるための具体的な考え方とアプローチについて、論理的に解説していきます。
第1章:あなたの会社は大丈夫? 「指示待ち営業」が蔓延する組織の末路
家康が言う「与えられた仕事だけをやる雑兵」。これを現代の営業組織に置き換えると、「指示された顧客にだけアプローチし、言われた通りの提案しかしない営業担当者」と言い換えることができるでしょう。このような「指示待ち営業」「受け身営業」が蔓延した組織は、短期的には問題が見えにくいかもしれませんが、中長期的には深刻な事態を招きます。
1. 機会損失の増大 指示待ちの営業担当者は、目の前のタスクをこなすことに終始しがちです。市場の変化や顧客の隠れたニーズを自ら探ろうとはしません。例えば、既存顧客との対話の中で新たなビジネスチャンスの芽を見つけても、それを深掘りして新たな提案に繋げる発想が生まれません。結果として、競合他社に先を越されたり、本来獲得できたはずの多くの機会を失ったりすることになります。
2. 営業力の低下と成長の鈍化 自ら考え、試行錯誤する経験を積まないため、営業担当者個人のスキルが向上しません。「どうすればもっと売れるか」を考えない組織では、成功も失敗も個人の経験の中に埋もれてしまい、組織全体の知見として蓄積されていきません。結果として、市場環境の変化に対応できず、組織全体の営業力が徐々に低下し、企業の成長は鈍化の一途をたどります。
3. モチベーションの低下と離職率の増加 「やらされ仕事」は、働く人間の意欲を著しく削ぎます。自分の工夫やアイデアが活かされる場がなく、ただ作業をこなすだけの毎日は、優秀な人材ほど耐えられません。「この会社にいても成長できない」と感じた社員から、次々と離れていってしまうでしょう。高い採用コストをかけて人材を確保しても、すぐに辞めてしまうという負のスパイラルに陥ります。
4. 経営者・営業責任者に集中する負担 結局、組織が機能しない分のしわ寄せは、すべて経営者や営業責任者に来ます。新たな戦略立案から、具体的な営業指示、案件の進捗管理、トラブル対応まで、すべてを一人で背負い込むことになります。これでは、経営者が本来注力すべき、より大局的な意思決定や未来への投資に時間を割くことができません。心身ともに疲弊し、孤独感を深めていく経営者様は少なくありません。
あなたの会社は、このような「雑兵」型組織の兆候が見られませんか? もし一つでも当てはまるのであれば、それは組織変革への重要なサインです。
第2章:なぜ営業は「仕事を創り出せない」のか? 根本的な3つの原因
では、なぜ営業担当者は「仕事を創り出す」ことができず、「指示待ち」の状態に陥ってしまうのでしょうか。本人の資質や意欲の問題だと片付けてしまうのは簡単ですが、多くの場合、その原因は組織の構造的な問題にあります。
原因1:行き当たりばったりの「戦略なき営業」 多くの企業で、「誰に」「何を」「どのように」売るのかという営業の根幹となる戦略が曖昧なままになっています。ターゲット顧客が明確に定義されておらず、「とにかく頑張ってアポを取れ」「気合で売ってこい」といった精神論が先行していないでしょうか。
このような状態では、営業担当者はどこへ向かって努力すれば良いのか分かりません。闇雲にテレアポをしたり、手当たり次第に訪問したりするため、当然ながら成果は上がりにくく、疲弊していきます。成功体験が積めないため自信を失い、次第に「上からの指示通りに動く方が楽だ」という思考停止に陥ってしまうのです。
原因2:見て覚えろ式の「育成なき現場」 営業担当者の育成を、現場でのOJT(On-the-Job Training)に丸投げしているケースも非常に多く見られます。先輩社員のやり方を見様見真似で覚えさせるだけでは、その先輩社員が持つ個人的なスキルや経験則しか学ぶことができません。
- なぜ、その顧客にその提案をするのか?
- 商談のどの場面で、どんな言葉が有効だったのか?
- 失注した原因はどこにあったのか?
このような思考のプロセスを言語化し、指導する機会がなければ、若手はいつまで経っても「やり方」をコピーするだけで、「考え方」を身につけることができません。これでは、応用力が身につかず、少し状況が変わるだけで対応できなくなってしまいます。結果として、自ら「仕事を創り出す」ための思考力が育たないのです。
原因3. 評価基準が曖昧な「文化なき組織」 売上や契約件数といった最終的な結果だけで営業担当者を評価していないでしょうか。もちろん結果は重要ですが、それだけを評価指標にしてしまうと、「プロセス」が軽視されるようになります。
例えば、今はまだ小さな取引でも、将来的に大きなビジネスに繋がる可能性のある顧客との関係構築に時間をかけている社員がいたとします。短期的な売上だけを見ていては、彼の行動は「成果を出していない」と評価されてしまうかもしれません。これでは、目先の数字を追うだけの短期的な活動に終始してしまい、長期的な視点で「仕事を創り出す」ような挑戦的な行動は生まれにくくなります。
何をすれば評価されるのかが明確でなければ、社員はリスクを取ることを避け、言われたことだけを無難にこなすようになります。失敗を過度に恐れ、挑戦を推奨しない組織文化が、「指示待ち」の姿勢を助長するのです。
第3章:「仕事を創り出す営業」へ変革するための具体的な処方箋
では、どうすれば「指示待ち」の組織から脱却し、家康が言うところの「自ら仕事を創り出す」営業組織へと変革できるのでしょうか。その答えは、「仕組み化」と「人材育成」という二つの歯車を噛み合わせることにあります。
処方箋1:成果を再現する「営業の仕組み化」 属人的な営業から脱却するための第一歩は、個人の能力に依存せず、誰もが一定の成果を出せる「仕組み」を構築することです。これは、営業活動を標準化し、組織全体のパフォーマンスの底上げを図る取り組みです。
- ターゲット顧客の明確化: まず、「自社が最も価値を提供できるのはどんな顧客か」を徹底的に分析し、言語化します。業界、企業規模、抱えている課題など、具体的な基準でターゲットを定義することで、営業担当者はどこに集中すべきか迷わなくなります。
- 「勝ちパターン」の共有: 成果を上げている営業担当者の行動や提案内容を分析し、「なぜ売れたのか」を解明します。そして、その成功要因を具体的なプロセスやトークスクリプト、提案資料のテンプレートといった形に落とし込み、組織全体で共有します。これにより、新人でもトップ営業の知見を活用しながら活動できるようになります。
- 営業プロセスの見える化: 顧客との初回接触から、ヒアリング、提案、クロージング、そして契約後のフォローに至るまでの一連の営業プロセスを定義し、管理します。各段階で「何をすべきか」「どんな情報が必要か」が明確になっていれば、担当者は次に取るべき行動に迷いません。また、マネージャーはどのプロセスで案件が停滞しているのかを客観的に把握し、的確なアドバイスができるようになります。
仕組み化は、営業担当者を縛り付けるためのものではありません。むしろ、無駄な動きや迷いをなくし、本来注力すべき「顧客との対話」や「価値提案の創造」に時間を使えるようにするための土台なのです。
処方箋2:自律的に動く人材を育てる「対話による育成」 強固な仕組みを構築しても、それを動かし、さらに改善していくのは「人」です。自ら考え、行動できる人材を育てるためには、一方的な指示や指導ではなく、対話を中心とした育成アプローチが有効です。
その中心となるのが、定期的な1on1ミーティングです。 これは、単なる進捗確認や業務報告の場ではありません。上司と部下が1対1で向き合い、部下が抱えている課題や悩み、今後のキャリアに対する考えなどをじっくりと聞くための時間です。
効果的な1on1を行うために、マネージャーは「教える(ティーチング)」だけでなく、「問いかけて引き出す(コーチング)」姿勢を持つことが求められます。
- 「今、一番うまくいっていることは何?」
- 「その案件で、一番の課題は何だと思う?」
- 「その課題を解決するために、どんな選択肢が考えられる?」
- 「次の一週間で、まず何から試してみる?」
このような問いかけを通じて、営業担当者自身に現状を分析させ、解決策を考えさせるのです。すぐに答えを与えるのではなく、本人が自ら答えを見つけ出すプロセスを支援することで、思考力と主体性が育まれます。失敗した際も、一方的に叱責するのではなく、「その失敗から何を学べたか?」「次はどうすれば成功に近づけるか?」を一緒に考えることで、失敗を成長の糧とする文化が醸成されます。
このような地道な対話の積み重ねが、社員一人ひとりの当事者意識を高め、言われたことをこなす「作業者」から、自ら課題を見つけ解決策を考える「仕事人」へと成長させていくのです。
処方箋3:経営者・マネージャーの役割変革 仕組みを整え、人材育成の場を設けても、トップである経営者やマネージャーの意識が変わらなければ、組織は変わりません。最も重要なのは、「指示・管理」から「支援・伴走」へと役割をシフトさせることです。
マイクロマネジメントで部下の行動を逐一管理するのではなく、構築した「仕組み」を信頼し、基本的な活動はそこに任せます。そして、1on1などを通じて個々のメンバーが直面している壁を取り除くための支援に注力するのです。
また、会社のビジョンや営業戦略の全体像を、繰り返し情熱を持って語り続けることも重要な役割です。なぜこのターゲットを狙うのか、自社のサービスが顧客にどんな価値をもたらすのか。その大きな方向性を示すことで、社員は日々の活動の意味を理解し、自らの判断で「仕事を創り出す」ための行動を取れるようになります。
そして、時には部下に権限を移譲し、挑戦させてみることも必要です。もちろん失敗するリスクはありますが、その責任は最終的に自分が取るという覚悟を持つ。そうした姿勢が、部下の挑戦する意欲を引き出し、組織全体の活力を生み出します。
おわりに
織田信長の「仕事は探してやるものだ。自分が創り出すものだ」という言葉は、現代の私たちに、営業という仕事の本質を改めて問いかけてきます。
それは、単にモノやサービスを売るという行為ではありません。顧客がまだ気づいていない課題を発見し、その解決策を提示することで、新たな価値を「創り出す」クリエイティブな活動であるべきです。
貴社の営業組織を、指示待ちの「雑兵」集団から、自ら価値を創出する「将」の集団へと変革することは、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。「仕組み化」と「対話による人材育成」、そして経営者自身の役割変革という地道な取り組みの積み重ねが必要です。
しかし、その変革を成し遂げた時、貴社は特定の個人の力に依存することなく、組織全体で安定的に、そして継続的に成果を出し続ける強固な営業力を手に入れることができるでしょう。それは、激しい市場競争を勝ち抜き、企業として成長し続けるための確かな基盤となります。
この記事を読んで、自社の営業組織の現状に危機感を覚え、変革への一歩を踏み出したいとお考えになった経営者様、営業責任者様もいらっしゃるかもしれません。
もし、自社だけでの仕組み構築や人材育成に行き詰まりを感じていたり、何から手をつければ良いか分からなかったりする場合には、一度、外部の専門家の視点を取り入れてみるのも一つの有効な手段です。客観的な分析と体系化されたノウハウは、貴社の変革を加速させる大きな助けとなるはずです。 貴社の営業組織が、未来を切り拓く力強い集団へと生まれ変わることを心より願っております。