経営者の皆様は、日々会社の成長を願い、営業組織の強化に心を砕かれていることと存じます。しかし、営業会議の場が、期待とは裏腹に重苦しい空気に包まれてしまうことはないでしょうか。
「今月も目標達成は厳しいです。景気が悪くて…」 「競合がまた値下げをしてきたので、太刀打ちできません」 「良いリストが回ってこないので、アポが取れません」
こうした「言い訳」にも似た報告や、「もっとやりやすいようにしてほしい」といった「愚痴」が飛び交い、前向きな議論に至らない。多くの経営者様、営業責任者様が、このような状況に歯がゆさを感じていらっしゃるかもしれません。
戦国時代の名将、武田信玄はこう言いました。
「一生懸命だと知恵が出る、中途半端だと愚痴が出る、いい加減だと言い訳が出る」
これは、時代を超えて組織を率いるすべてのリーダーの胸に突き刺さる、本質的な言葉です。あなたの会社の営業組織は、今どの段階にあるでしょうか。もし、「愚痴」や「言い訳」が聞こえてくるのであれば、それは社員の意欲や能力の問題だけではないのかもしれません。組織全体が「中途半端」あるいは「いい加減」な状態に陥っているサインである可能性があります。
本稿では、この武田信玄の言葉を手がかりに、多くの営業組織がなぜ停滞してしまうのか、そして、どうすれば「知恵」が次々と湧き出るような、自走する組織へと変貌を遂げられるのかを、具体的かつ論理的に解説していきます。
第一段階:「いい加減」な組織に蔓延する「言い訳」の正体
まず、最も危険な状態である「いい加減」な組織について考えてみましょう。この段階の組織では、「言い訳」が日常的に聞かれます。
- 行動の基準がない 「とにかく頑張れ」「気合で売ってこい」といった精神論が先行し、具体的な行動計画や戦略が存在しません。営業担当者は、行き当たりばったりで訪問し、その場の思いつきで商談を進めます。何をもって「成功」とし、何を「改善」すべきかの基準がないため、行動の質がいつまでも高まりません。
- 目標が自分事になっていない 会社全体の売上目標はあっても、それが個人の行動目標まで具体的に落とし込まれていません。結果として、目標は「会社から与えられたノルマ」という認識に留まり、達成できなくても「仕方ない」という空気が生まれます。自分の行動と結果の因果関係が見えにくいため、責任感も希薄になります。
- 結果に対する振り返りがない 失注した際に、「お客様のタイミングが悪かった」「予算がなかった」といった顧客側の要因だけで片付けてしまいます。なぜその顧客にそのタイミングでアプローチしたのか、なぜ予算を引き出せなかったのか、といった自らの行動に対する深い分析が行われません。
このような「いい加減」な状態では、成果が出ないのは当然です。そして、成果が出ない理由を問われたとき、自身の行動を振り返る物差しがないため、自然と外部の環境や他者のせいにするしかなくなります。これが「言い訳」の正体です。
「景気が悪い」「市場が縮小している」「商品力が足りない」「マーケティング部が良いリードをくれない」。これらの言葉は、思考停止のサインに他なりません。この段階を放置すれば、業績が上向くことはなく、優秀な人材から見切りをつけて去っていくという、負のスパイラルに陥ってしまうでしょう。
第二段階:「中途半端」な組織をむしばむ「愚痴」の罠
多くの企業が陥りやすいのが、この「中途半端」な段階かもしれません。この段階の組織は、「いい加減」ではありません。むしろ、真面目に努力しているように見えます。
- 営業戦略や行動計画を立てている。
- SFA(営業支援システム)やCRM(顧客管理システム)などのツールを導入している。
- 定期的に営業研修を実施している。
- 営業会議で数字の進捗を確認している。
一見すると、やるべきことはやっているように思えます。しかし、なぜか成果が思うように上がらない。そして、組織からは「言い訳」ではなく、「愚痴」が聞こえてくるようになります。
「こんなに毎日電話をかけているのに、アポイントが取れない…」 「ツールに入力する項目が多すぎて、営業活動の時間が削られている」 「研修で習った通りにやっても、全然うまくいかない」 「上司は『やれ』と言うだけで、具体的な方法は教えてくれない」
これが「中途半端」な組織に特有の「愚痴」です。「言い訳」が責任転嫁であるのに対し、「愚痴」は「努力が報われないことへの不満」や「現状への諦め」から生じます。
なぜ、努力が空回りしてしまうのでしょうか。それは、戦略、ツール、行動、評価といった要素が、それぞれバラバラに存在し、有機的に連携していないからです。
- 「計画倒れ」の戦略 立派な戦略を立てても、現場の営業担当者が日々の活動にどう落とし込めばよいか分からなければ意味がありません。戦略が「お題目」になってしまい、結局は個々の営業担当者の勘と経験に頼った活動に戻ってしまいます。
- 「導入しただけ」のツール SFAやCRMは、単なる活動記録ツールではありません。入力されたデータを分析し、成功パターンを見つけ出し、次の戦略に活かしてこそ価値を発揮します。しかし、多くの企業ではデータの入力が目的化してしまい、現場の負担を増やすだけの「お荷物」になっているケースが少なくありません。
- 「やりっぱなし」の研修 研修で学んだ知識やスキルが、実際の商談でどのように活かされているかを検証し、個別にフィードバックする仕組みがなければ、研修の効果は限定的です。学んだことを実践し、振り返り、改善するというサイクルがなければ、スキルとして定着しません。
このように、一つひとつの施策は打っているものの、それらが成果に繋がる「仕組み」として機能していない。この「点」と「点」が「線」になっていない状態こそが、「中途半端」の正体です。現場の社員は、真面目にやっている自負がある分、成果が出ないことへの不満や無力感が募り、「愚痴」となって表出するのです。
最終段階:「一生懸命」な組織が「知恵」を生み出す仕組みとは
では、どうすれば「愚痴」や「言い訳」が渦巻く組織から脱却し、武田信玄の言う「一生懸命」な状態、すなわち「知恵」が次々と湧き出る組織へと進化できるのでしょうか。
ここで言う「一生懸命」とは、決して「長時間働く」「がむしゃらに頑張る」といった精神論ではありません。**「成果に繋がる正しい努力を、継続的に行える状態」と定義することができます。そして、その状態は、個人の資質や意欲だけに依存するのではなく、「仕組み」と「人への働きかけ」**によって意図的に作り出すことが可能です。
1. 「知恵」を導き出すための「仕組み」を構築する
営業活動を属人的なものから、組織的なものへと昇華させるための土台が「仕組み」です。
- 行動の「型」を作り、共有する まずは、トップセールスや成果を出している社員の行動を徹底的に分析することから始めます。どのような準備をし、どのような切り口でアプローチし、どのような流れで商談を進めているのか。その成功要因を抽出し、誰でも再現可能な「型」として言語化・マニュアル化します。この「型」があることで、他の社員は成功への最短ルートを歩むことができ、組織全体の営業力の底上げに繋がります。もちろん、型は一度作って終わりではありません。市場や顧客の変化に合わせて、常に検証し、アップデートし続けることが重要です。
- 活動を可視化し、客観的なデータで対話する SFAやCRMを正しく活用し、営業活動のプロセスをデータとして可視化します。「訪問件数」「有効商談化率」「受注率」といった客観的な数値に基づいて議論することで、「頑張ったのですが…」といった曖昧な報告はなくなります。例えば、「アポイント数は多いのに受注率が低い」というデータが見えれば、「商談の質に課題があるのではないか」という仮説が立ちます。そこから、商談の録音を聞き返したり、ロールプレイングを行ったりと、具体的な改善アクションに繋げることができます。データは、誰かを責めるための道具ではなく、組織の課題を客観的に発見し、共に「知恵」を絞るための共通言語となります。
- 「振り返り」を文化にする 週次や月次の営業会議を、単なる数字の報告会で終わらせてはいけません。可視化されたデータと共有された「型」を基に、「なぜ上手くいったのか」「なぜ上手くいかなかったのか」「次はどうすればもっと良くなるか」をチーム全員で議論する場とします。成功事例は称賛し、その要因を全員で学ぶ。失敗事例は、個人を責めるのではなく、組織の学びの機会として捉え、改善策を共に考える。この「振り返りのサイクル」を回し続けることで、組織は常に学び、進化し続けることができます。
2. 「知恵」を引き出すための「人への働きかけ」を実践する
強固な「仕組み」があっても、それを動かすのは「人」です。社員一人ひとりが主体的に考え、行動するようにならなければ、仕組みは形骸化してしまいます。そこで重要になるのが、上司や経営者による「人への働きかけ」、特に定期的な1on1ミーティングです。
1on1は、単なる進捗確認の場ではありません。部下の成長を支援し、潜在能力を引き出すための極めて重要な時間です。
- 「教える」から「問いかける」へ 「なぜ、このお客様は当社のサービスが必要だと感じたと思う?」「この商談を成功させるために、あと何ができそうかな?」 上司がすぐに答えを与えるのではなく、問いかけることで、部下は自分自身で考える癖がつきます。最初は的確な答えが出なくても、考え続けるプロセスそのものが、思考力を鍛え、「知恵」を生み出す訓練になります。
- 短期的な業績と中長期的な成長の両輪で見る 1on1では、目先の数字の話だけでなく、その社員が仕事を通じてどう成長したいのか、将来どのようなキャリアを築きたいのかといった、中長期的な視点での対話も大切です。会社が自分の成長を真剣に考えてくれていると感じることで、エンゲージメントが高まり、日々の業務にもより一層主体的に取り組むようになります。
- 心理的な安全性を確保する 1on1は、部下が安心して本音を話せる場でなければなりません。「こんなことを言ったら評価が下がるのではないか」という不安がある状態では、建設的な対話は生まれません。上司は部下の意見を傾聴し、たとえそれが未熟な考えであったとしても、まずは受け止める姿勢が求められます。失敗を恐れずに挑戦できる、発言できるという心理的な安全性が、社員の主体性と創造性を育む土壌となります。
このような「仕組み」と「人への働きかけ」が両輪となって機能し始めたとき、組織は「いい加減」や「中途半端」な状態から抜け出し、真の「一生懸命」な集団へと変貌を遂げます。言い訳や愚痴が飛び交っていた会議は、データに基づいた活発な議論が交わされ、次々と改善策、すなわち「知恵」が生まれる場へと変わるでしょう。
まとめ:言い訳や愚痴は、変革のサイン
本稿では、武田信玄の名言を切り口に、営業組織が停滞する原因と、そこから脱却するための具体的な方法論についてお話ししました。
- 「いい加減」な組織は、基準がなく、振り返りもしないため「言い訳」が生まれる。
- 「中途半端」な組織は、施策が連携せず、努力が空回りするため「愚痴」が生まれる。
- 「一生懸命」な組織は、「仕組み」と「人への働きかけ」によって、正しい努力を継続し「知恵」を生み出す。
もし、あなたの会社で「言い訳」や「愚痴」が聞こえてくるのであれば、それは社員を責めるべきタイミングではありません。むしろ、組織が進化するための重要なサインと捉えるべきです。
「なぜ、言い訳が生まれるのだろう?」 「この愚痴の背景には、どんな構造的な問題が隠れているのだろう?」
そう問い直すことこそが、変革の始まりです。
営業活動の「型」を作り、行動を可視化し、客観的なデータで振り返る「仕組み」。そして、1on1を通じて社員一人ひとりと向き合い、主体性と成長を促す「人への働きかけ」。この両方を粘り強く実践していくことで、あなたの会社の営業組織は、必ずや「知恵」を生み出し続ける、力強く自走する集団へと変わっていくはずです。
もちろん、こうした組織変革には、相応のエネルギーと専門的な知見が必要となります。自社だけで仕組みの構築や人材の育成を進めることに難しさを感じていらっしゃるのであれば、一度、外部の専門家の視点を取り入れ、客観的な診断や具体的な施策について相談してみることも、組織を前進させるための有効な選択肢の一つとなるでしょう。