「もっと自分で考えて動いてほしい」 「なぜ言われたことしかやらないのだろうか」
多くの経営者や営業責任者の方々が、部下に対して一度はこのような思いを抱いたことがあるのではないでしょうか。変化の激しい現代の市場において、営業担当者一人ひとりが自律的に思考し、行動する組織力は、企業の持続的な成長に欠かせません。しかし、現実には「指示待ち」の部下に頭を悩ませ、上司がプレイングマネージャーとして疲弊していくケースが後を絶ちません。
なぜ、部下は自ら動けなくなってしまうのでしょうか。それは、本人の資質だけの問題ではないかもしれません。実は、良かれと思って行っている上司の「指示の出し方」そのものが、部下の主体性を奪い、思考停止を招いている可能性があるのです。
本稿では、部下が自発的に行動する「自律型営業チーム」をいかにして育てるか、そのために上司が果たすべき本当の役割とは何かについて、深く掘り下げていきます。
1. 「指示待ち」を生み出す上司の落とし穴
多くの管理職は、「部下に的確な指示を出すこと」が自分の重要な仕事だと考えています。もちろん、それは間違いではありません。しかし、その「指示」が過剰になった時、部下の成長機会を奪うという副作用が生じます。
落とし穴1:マイクロマネジメントという名の「過保護」
「この顧客には、まずこの資料を送って、3日後にこの内容で電話をして、もし不在だったら…」
このように、上司がタスクの進め方を細部にわたって指示する「マイクロマネジメント」。一見、丁寧な指導のようにも見えますが、これは部下から「考える機会」を奪う行為に他なりません。常に正解(だと上司が思っているもの)を与えられ続けると、部下は「自分で考えなくても、上司が答えをくれる」という思考パターンに陥ります。
その結果、イレギュラーな事態が発生した際に、自分の頭で対応策を考えることができず、思考が停止してしまいます。これでは、到底、変化の速い市場で成果を出し続けることはできません。
落とし穴2:「自分でやった方が早い」という誘惑
営業経験が豊富な上司ほど、「自分がやった方が早いし、確実だ」という考えに陥りがちです。確かに、短期的な成果だけを見れば、その通りかもしれません。しかし、その行動は長期的に見て、組織全体の成長を阻害します。
部下に任せれば3時間かかる仕事も、自分がやれば1時間で終わる。その差の2時間を惜しんで上司が仕事を巻き取ってしまうと、部下はいつまで経ってもその仕事を覚えられず、成長できません。結果として、上司の仕事は減るどころか増え続け、部下はいつまでも一人前になれない、という悪循環に陥るのです。これは、組織としての営業力を高める上での大きな損失と言えるでしょう。
2. 上司の役割は「指揮官」から「伴走者」へ
では、部下の主体性を引き出すために、上司はどのように変わるべきなのでしょうか。その答えは、上司の役割を「指示を出す指揮官」から、「部下の成長を支援する伴走者」へと再定義することにあります。
これは、「任せきりにする」「放任する」こととは全く異なります。むしろ、これまでとは質の違う、より高度な関与が求められます。
「任せる」とは「信頼して見守り、責任を取る」こと
部下に仕事を任せる際には、2つの重要な要素があります。
一つは、**「自分の領域の中では自由にやらせる」**ことです。上司はまず、部下が責任を持つべき「領域」、つまり権限と責任の範囲を明確に定義し、共有する必要があります。「この顧客群の開拓は君に任せる」「今月のこの目標達成に向けたアプローチ方法は、君の裁量で進めていい」といった具合です。
この「領域」の中では、部下は自分のやり方で自由に挑戦することができます。もちろん失敗することもあるでしょう。しかし、その失敗から学び、次に活かすという経験こそが、部下を最も成長させるのです。
そして、もう一つが**「最終的な責任は上司が取る」**という覚悟を示すことです。部下が安心して挑戦できない最大の理由は、「失敗したらどうしよう」という不安です。「何かあったら、最終的な責任は私が取る。だから、思い切ってやってみなさい」という上司の言葉と姿勢が、部下の挑戦する勇気を引き出します。この安心感が、部下が自分の殻を破るための土台となるのです。
3. 出すべき指示、出すべきではない指示
「指示を出すな」と言っても、全ての指示が不要になるわけではありません。上司には、出すべき指示と、ぐっとこらえて出すべきではない指示があります。この線引きを理解することが、自律型チームを育成する上で極めて重要です。
出すべき指示:組織としての「方向性」を示す
上司が明確に提示すべきなのは、チームが進むべき「方向性」です。
- ビジョンとミッション: 私たちは何のために存在し、どこへ向かっているのか。
- 目標と戦略: 今期のチーム目標は何か。その目標を達成するために、どのような戦略を描いているのか。
- 顧客への提供価値: 私たちが顧客に提供すべき本質的な価値は何か。
- 行動規範: 成果を出すために、どのような行動や価値観を大切にするのか。
これらは、部下が日々の業務において判断に迷った際の「羅針盤」となるものです。どの山に登るのか、なぜその山に登るのかという「What」と「Why」を明確に共有することで、部下はその山に登るための「How(どうやって登るか)」を自分で考えられるようになります。
出すべきではない指示:「How」に関する過剰な介入
一方で、上司が最も慎むべきなのが、この「How」に関する過剰な指示です。
- 「その顧客には、まずメールではなく電話をしなさい」
- 「その提案書は、この順番で構成しなさい」
- 「A社にアプローチする前に、まずB社から攻めなさい」
これらの具体的な戦術レベルの指示は、部下の思考を停止させます。もちろん、経験の浅い部下に対して、初期段階でいくつかの「型」を教えることは有効です。しかし、いつまでも手取り足取り指示を出し続けるのではなく、ある程度の段階からは、「君ならどうアプローチする?」「その方法を選んだ理由は何?」と問いかけ、部下自身に考えさせるプロセスが不可欠です。
4. 部下の自律性を育む、上司の具体的なアクション
では、明日から具体的に何を始めれば良いのでしょうか。ここでは、部下の主体性を引き出し、成長を促すための具体的なアクションを3つご紹介します。
アクション1:「問いかける」コミュニケーションへの転換
部下から「どうすればいいですか?」と質問された時、すぐに答えを教えてしまっていませんか。その瞬間を、部下の思考力を鍛える絶好の機会と捉えましょう。
「なるほど、良い質問だね。〇〇さんは、どうするのが最善だと思う?」 「その課題に対して、考えられる選択肢を3つ挙げてみてくれるかな?」 「そのアプローチのメリットとデメリットは何だろう?」
このように、答えを与えるのではなく、問いを投げ返すことで、部下は自分の頭で考える癖をつけ始めます。最初は時間がかかるかもしれません。しかし、この地道な積み重ねが、部下の思考力を着実に育てていきます。
アクション2:失敗を「学びの機会」に変える文化づくり
部下が挑戦すれば、必ず失敗はつきものです。その失敗を、上司がどう捉え、どう対応するかが、組織の文化を決定づけまます。
失敗した部下を責めたり、すぐに上司が尻拭いをしたりするのではなく、まずは部下自身に失敗を振り返らせることが重要です。
「今回の結果から、何が学べるだろう?」 「もしもう一度やるとしたら、どこをどう改善する?」
このように、失敗を個人の責任問題として終わらせるのではなく、チーム全体の貴重な「学習データ」として捉え、次に活かすための議論をするのです。失敗が許容され、そこから学ぶことが奨励される文化があれば、部下は萎縮することなく、新たな挑戦を続けられるようになります。
アクション3:成長を支援するための「1on1ミーティング」の導入
部下の自律性を育む上で、定期的な1on1ミーティングは非常に有効な手段です。これは、単なる業務の進捗確認の場ではありません。部下一人ひとりの成長とキャリアに寄り添い、伴走するための時間です。
1on1では、以下のようなテーマについて対話することが推奨されます。
- 業務上の課題や悩み: 現在、仕事で困っていることはないか。
- 強みと改善点: 自分の強みをどう活かせているか、今後伸ばしたい点はどこか。
- キャリアの展望: 将来的にどのようなスキルを身につけ、どのような存在になりたいか。
- モチベーションの源泉: 何が仕事のやりがいにつながっているか。
上司はアドバイスをするよりも、まず「聴く」ことに徹します。部下の考えや感情に真摯に耳を傾け、深い理解を示すことで、両者の間に信頼関係が生まれます。この信頼関係こそが、部下が安心して本音を語り、前向きに挑戦するための心理的な土台となるのです。週に1回、あるいは隔週に1回、30分でも良いので、部下のためだけの時間を確保することが、組織の未来への投資となります。
まとめ:部下の成長こそが、企業の最も持続可能な成長戦略である
営業組織の力を最大化するために、私たちはつい新しいツールや手法といった「戦術」に目を向けがちです。しかし、どんなに優れた戦術も、それを実行する「人」が育っていなければ、その効果は限定的です。
これからの時代の上司に求められるのは、全ての指示を出すスーパープレイヤーではなく、部下一人ひとりが持つ可能性を信じ、彼らが自律的に活躍できる「環境」と「仕組み」をデザインするアーキテクト(設計者)としての役割です。
「指示を出すな」という言葉は、一見すると過激に聞こえるかもしれません。しかし、その本質は、部下を信頼し、その成長に本気でコミットするという、上司としての覚悟を問うものです。
部下が自ら考え、動き出し、成功体験を積み重ねていく。その成長を目の当たりにすることこそ、管理職にとって何物にも代えがたい喜びではないでしょうか。そして、自律的に動ける人材が育った組織は、変化に強く、しなやかで、持続的な成長を遂げていくことができます。
まずは、あなたの隣にいる部下への接し方を、少しだけ変えてみることから始めてみませんか。一つの問いかけ、一つの任せ方が、部下の、そして組織の未来を変える大きな一歩となるはずです。もし、自社の営業組織の在り方や人材育成の方法について、より深く考えてみたい、客観的な視点からのアドバイスが欲しいと感じられたなら、一度専門家にご相談いただくのも有効な選択肢の一つかもしれません。