部下が本音を話さない本当の理由。「わかってくれない上司」から脱却し、営業チームを自走させる対話術

はじめに:なぜ、熱意が空回りしてしまうのか?

「営業目標達成のために、あらゆる手を尽くしている」 「自分の成功体験を基に、手厚く指導しているつもりだ」 「誰よりも会社の成長を願い、チームを牽引している自負がある」

経営者や営業責任者として、強い責任感と熱意をもって日々業務にあたられていることと存じます。しかし、その熱意とは裏腹に、このような悩みをお持ちではないでしょうか。

  • 指示待ちの社員が多く、主体的な行動が見られない
  • 会議で意見を求めても、当たり障りのない発言しか出てこない
  • 部下からの報告は事実の羅列ばかりで、現場の生々しい情報や本音が見えてこない
  • 良かれと思ってアドバイスをしても、部下の表情が曇ったり、どこか他人事のように聞こえたりする
  • 優秀だと思っていた人材が、ある日突然、退職を申し出てくる

もし、一つでも心当たりがあれば、それは経営者や管理職としての能力が低いわけではありません。むしろ、真面目で熱心な方ほど陥りやすい「罠」にはまっている可能性があります。その罠とは、気づかぬうちに、部下から「この上司は、私たちのことをわかってくれない」というレッテルを貼られてしまっている状態です。

本コラムでは、なぜ「わかってくれない上司」が生まれてしまうのか、その構造を解き明かし、部下との間に強固な信頼関係を築き、自ら考え行動する営業組織を作り上げるための具体的な方法について解説します。

第1章:「わかってくれない」と思われる上司、3つの典型的な行動

部下はなぜ、「この上司はわかってくれない」と感じてしまうのでしょうか。多くの場合、上司側に悪気はありません。むしろ、会社や部下のためを思っての言動が、意図せず裏目に出ているケースがほとんどです。ここでは、その典型的な3つの行動パターンを見ていきましょう。

1. 「結論」を急ぐあまり、「プロセス」を軽視する

経営者や責任者は、常に時間と結果に追われています。そのため、部下からの相談に対しても、効率を重視するあまり、すぐに解決策や指示を与えがちです。

部下: 「A社への提案ですが、先方の反応がどうも芳しくなくて…」 上司: 「そうか。じゃあ、商品のBプランを切り口に再度アプローチしてみて。料金面でのメリットを強調すれば響くはずだ。資料は今日中に修正して、明日の朝一で再送してくれ。」

一見、的確でスピーディーな指示に見えます。しかし、部下は本当にこの指示を求めていたのでしょうか。

もしかしたら、部下は「反応が芳しくない」という事実の裏にある、担当者の微妙な表情の変化や、ポツリと漏らした競合他社の話、社内のキーパーソンに関する情報など、言語化しきれない現場の空気感を共有したかったのかもしれません。あるいは、自分なりに考えた次の打ち手について、上司の意見を聞き、壁打ち相手になってほしかったのかもしれません。

上司が早急に「結論」を与えてしまうことで、部下は「ああ、この上司は結局、自分のやり方を押し付けたいだけなんだな」「私の話や考えをじっくり聞く気はないんだな」と感じてしまいます。これでは、部下が思考を深める機会を奪うだけでなく、「どうせ言っても無駄だ」と、次第に相談そのものを諦めてしまうようになります。

2. 自身の「成功体験」を絶対視する

多くの管理職は、プレイヤーとして高い実績を上げてきた方々です。その成功体験は非常に価値のあるものですが、時として、それが部下とのコミュニケーションを阻害する要因にもなり得ます。

上司: 「私が君くらいの年齢の時は、とにかく足で稼いだものだ。一日50件は飛び込みをしていたし、断られてからが勝負だと思っていた。今の君に足りないのは、そういう気概だよ。」

このアドバイスには、部下を鼓舞したいという愛情が込められていることでしょう。しかし、市場環境、顧客の購買プロセス、利用できるツールなどが大きく変化した現代において、過去のやり方が通用するとは限りません。

部下からすれば、「時代が違う」「自分のやり方を否定された」と感じるだけで、有効なアドバイスとして受け取ることは難しいでしょう。むしろ、「昔の自慢話ばかりで、今の現場を理解しようとしてくれない」という不信感を募らせる結果になりかねません。上司の成功体験はあくまで「数ある選択肢の一つ」として提示されるべきであり、唯一の正解として押し付けるべきではないのです。

3. 「正論」で相手を追い詰める

目標が未達の部下に対して、その原因をロジカルに問い詰める。これは、問題解決において必要なアプローチの一つです。しかし、そこに行き過ぎた「正しさ」だけが先行すると、部下を精神的に追い詰めてしまいます。

上司: 「なぜ目標を達成できなかったんだ?先月の会議で、行動計画は君自身がコミットしたはずだ。アポイントの数が足りないのか?それとも商談の質に問題があるのか?数字で説明してくれ。」

言っていることは、すべて正論です。しかし、このような問い詰め方をされた部下は、自分の至らなさを突き付けられ、萎縮してしまうだけです。本来であれば、「目標達成できなかった」という事実の裏には、「新規顧客の開拓に思ったより時間がかかってしまった」「自信を持って提案できるだけの知識がまだ足りず、不安だった」「家庭の事情で、少し集中力を欠いていた」など、様々な背景や感情が隠されています。

そうした背景を無視して「なぜできないんだ」という正論だけをぶつけても、部下は防衛的になり、本音を隠し、取り繕った報告をするようになります。上司が知りたいはずの「真の問題点」は、永遠に見えてきません。

第2章:「共感」から始める、信頼される上司の対話術

では、「わかってくれない上司」から脱却し、部下が本音で話せる関係を築くためには、具体的に何をすればよいのでしょうか。その答えは、「共感」を土台とした対話にあります。

ここで言う「共感」とは、「可哀想だ」と同情することや、相手の意見にすべて「その通りだ」と同意することではありません。**「相手がなぜそのように感じ、考えているのかを、相手の立場に立って理解しようと努める姿勢」**のことです。この姿勢を具体的な行動で示すことで、部下は「この人ならわかってくれるかもしれない」と心を開き始めます。

1. 「聞く」スキルを磨く ~1on1ミーティングの本来の目的~

部下との対話の質を高める上で、定期的な1on1ミーティングは非常に有効な手段です。ただし、これを単なる「進捗確認会議」にしてはいけません。1on1の主役はあくまで部下であり、上司の役割は「優れた聞き役」に徹することです。

環境を整える まず、部下が安心して話せる環境を作りましょう。他の社員に話が聞こえない会議室を確保し、PCやスマートフォンは閉じて、相手に集中する姿勢を見せることが大切です。時間は30分程度でも構いません。大切なのは、その時間は「完全にあなたのために使う」というメッセージを明確に伝えることです。

「傾聴」を実践する 部下が話し始めたら、途中で話を遮ったり、自分の意見を挟んだりせず、まずは最後までじっくりと耳を傾けます。

  • 相槌: 「はい」「ええ」だけでなく、「なるほど」「そうなんですね」「面白いですね」など、バリエーションを持たせることで、「あなたの話に興味があります」というサインを送ります。
  • 反復(オウム返し): 「A社は、価格面で競合に流れてしまいそうです」と言われたら、「なるほど、A社は価格がネックになっているんですね」と繰り返します。これにより、部下は「ちゃんと聞いてもらえている」と安心し、さらに詳しい状況を話しやすくなります。
  • 感情を受け止める言葉: 「それは大変でしたね」「悔しい気持ち、よくわかります」「その状況では不安になりますよね」など、部下の話から読み取れる感情に寄り添う言葉をかけましょう。部下は、自分の感情を肯定してもらえたと感じ、心理的な壁を取り払うことができます。

「良い質問」で思考を深める 部下の話をただ聞くだけでなく、質問を投げかけることで、部下自身が考えを整理し、新たな気づきを得る手助けをします。「はい/いいえ」で終わってしまう「クローズド・クエスチョン」ではなく、相手が自由に答えられる「オープン・クエスチョン」を意識しましょう。

  • (悪い例)「資料の準備は終わった?」→「はい/いいえ」で終わる
  • (良い例)「資料の準備は、今どんな状況ですか?何か困っていることはありますか?」
  • (悪い例)「このやり方で問題ないよね?」→「はい」としか言えない
  • (良い例)「このやり方について、あなた自身はどう思いますか?何か懸念点はありますか?」

特に、「どう思う?」「なぜそう思う?」「もう少し詳しく教えてくれる?」といった質問は、部下の主体的な思考を促す上で非常に効果的です。上司が答えを与えるのではなく、部下の中から答えを引き出す手助けをする、いわば「コーチ」のような役割を意識することが重要です。

2. 意見を「否定」せず、「一度受け止める」

部下から自分とは異なる意見や、一見すると突拍子もないアイデアが出てくることもあるでしょう。その際に、即座に「いや、それは違う」「現実的じゃない」と否定してしまうのは最も避けるべき対応です。

まずは、「なるほど、そういう考え方もあるのか」「面白い視点だね、ありがとう」と、意見そのものへの敬意を示し、一度受け止めましょう。その上で、「そのアイデアのメリットはどこにあると思う?」「逆に、どんなリスクが考えられるかな?」と議論を深めていくのです。

この「一度受け止める」というワンクッションがあるだけで、部下は「自分の意見も聞いてもらえるんだ」と安心し、より積極的に発言するようになります。多様な意見が出る組織こそ、変化に強く、革新的なアイデアが生まれやすい健全な組織と言えるでしょう。

3. 「失敗」を責めず、「学び」に変える

営業活動に失敗はつきものです。重要なのは、失敗した事実を責めることではなく、その失敗から何を学び、次にどう活かすかを部下と「一緒に」考えることです。

上司: 「今回の失注、残念だったな。でも、君が一生懸命やっていたのは知っているよ。次につなげるために、今回の活動を一緒に振り返ってみないか。何が上手くいって、どこに改善の余地があったと思う?」

このような問いかけ方をすれば、部下は自分の失敗を客観的に分析する機会を得られます。上司が一方的に原因を決めつけるのではなく、部下自身の口から「もしかしたら、あそこのヒアリングが足りなかったかもしれません」「クロージングを焦りすぎてしまったかもしれません」といった気づきを引き出すことができれば、その学びは部下の中に深く刻み込まれます。

失敗は「個人の責任」ではなく、「組織の学びの機会」。このような文化を醸成することができれば、社員は失敗を恐れずに挑戦できるようになり、組織全体が成長していくことができます。

第3章:「わかってくれる上司」がいる組織の未来

部下との間に「共感」を土台とした信頼関係が築かれると、組織にはどのような変化が訪れるのでしょうか。

1. 社員の主体性とエンゲージメントの向上 「この上司は、自分のことを見てくれている、わかってくれる」という安心感は、心理的安全性につながります。社員は安心して意見を述べ、新しいことに挑戦できるようになります。指示待ちではなく、自ら課題を見つけ、解決策を考えて行動する主体的な人材が育っていくのです。会社やチームへの貢献意欲、すなわちエンゲージメントも高まり、組織全体に活気が生まれます。

2. 現場の「生きた情報」が集まるようになる 上司が「聞き役」に徹することで、部下は些細なことでも報告・相談しやすくなります。これまで上がってこなかったような、顧客のポツリと漏らした一言、競合の細かな動き、現場で感じる肌感覚といった「生きた情報」が、経営層や管理職のもとに集まるようになります。これは、迅速かつ的確な経営判断を下す上で、何物にも代えがたい貴重な情報資産となります。

3. 離職率の低下と、人材育成の好循環 多くのビジネスパーソンが退職を決意する大きな理由の一つに、「上司との人間関係」が挙げられます。信頼できる上司のもとで働ける環境は、社員の定着率を大きく改善します。離職が減れば、採用や再教育にかかるコストを削減できるだけでなく、組織内にノウハウが蓄積され、育成された社員が次の世代を育てるという、人材育成の好循環が生まれます。

4. 結果として、営業成績が向上する 社員のモチベーションが高まり、主体的に行動し、チーム内で活発な情報共有が行われ、失敗から学ぶ文化が根付く。このような組織の営業成績が、長期的に見て向上していくことは自明の理と言えるでしょう。目先の数字を追い詰めるのではなく、部下との信頼関係という土台を丁寧に築くことこそが、結果として最も確実な業績向上の道筋なのです。

おわりに

本コラムでご紹介した対話術は、特別な才能や能力を必要とするものではありません。明日からの1on1で、少しだけ「聞く」ことへの意識を変えてみる。部下の意見に対して、一度「なるほど」と受け止めてみる。そのような小さな変化の積み重ねが、やがて部下との関係性を劇的に改善し、組織の空気を一変させます。

もちろん、長年染み付いたコミュニケーションのスタイルを変えることには、困難や戸惑いが伴うかもしれません。しかし、部下が「この人ならわかってくれる」と心を開き、自らの意思で生き生きと働き始めた時、あなたは経営者・営業責任者として、数字の達成だけでは得られない、大きな喜びと手応えを感じるはずです。

部下との強固な信頼関係こそが、不確実な時代を乗り越え、企業を成長させ続けるための最も重要な経営資源です。まずは、あなたのチームの誰か一人との対話から、始めてみてはいかがでしょうか。