なぜ、子どもの勉強は専門家に任せ、営業の育成は「社内で何とかなる」と思ってしまうのか?

はじめに

経営者や営業責任者の皆様は、日々、企業の成長を牽引するという重責を担い、様々な課題と向き合っていらっしゃることと存じます。特に「営業」に関する悩みは尽きることがありません。

「売上目標にあと一歩届かない状況が続いている」 「営業担当者によって成果に大きなバラつきがある」 「期待の若手がなかなか育たず、早期に離職してしまう」 「営業マネージャーが自身の案件で手一杯で、部下の育成にまで手が回っていない」

このような課題に対し、打ち手を講じながらも、根本的な解決に至らず、もどかしい思いをされている方も少なくないのではないでしょうか。

ここで少し、視点を変えて考えてみたいと思います。皆様は、ご自身のお子様の学習について、どのように考えますか?「苦手科目を克服させたい」「志望校に合格させたい」と考えたとき、多くの方は塾や家庭教師といった「教育の専門家」の力を借りることを検討するはずです。あるいは、スポーツで上達を目指すなら、専門のコーチに指導を仰ぐでしょう。

しかし、ことビジネス、特に「営業の人材育成」となると、どうでしょうか。「OJT(On-the-Job Training)で何とかなる」「優秀な先輩の背中を見て学べ」といったように、不思議と「社内で完結できる」と考えられがちです。

子どもの教育という未来への投資には、専門家の客観的で体系的なアプローチを求めるのに、企業の未来を創る営業の育成が、なぜ「自己流」や「精神論」に留まってしまうのでしょうか。本コラムでは、この構造的な問題を掘り下げ、持続的に成果を出し続ける営業組織を構築するための本質的なアプローチについて考察します。

第1章:営業育成が「社内流」で停滞する3つの構造的要因

多くの企業で営業育成がうまくいかない背景には、根深い3つの構造的要因が存在します。これらは個人の能力や意欲の問題ではなく、組織が陥りがちな「罠」と言えるかもしれません。

1. 「名選手、必ずしも名監督にあらず」という現実

最もよく見られるのが、トップセールスマンをそのまま営業マネージャーや指導役に任命するケースです。もちろん、彼らの成功体験やスキルは組織の貴重な財産です。しかし、自身がプレイヤーとして優れていることと、他者を育成する能力は、全く別のスキルセットです。

優れた営業担当者は、自身の感覚や経験則、あるいは天性の対人能力で成果を出していることが少なくありません。そのため、自身の成功法則を言語化し、誰もが実践可能な「型」として他者に伝えることが難しいのです。「なぜ、こんな簡単なことができないんだ」と感じてしまい、論理的な指導ではなく、感覚的なアドバイスや精神論に終始してしまうこともあります。

これは、野球のスター選手が必ずしも名監督になれないのと同じ構造です。指導者には、選手の特性を見抜き、個々に合った練習方法を提示し、モチベーションを高め、チームとして機能させる、全く異なる専門性が求められます。営業育成も同様に、「教える」という専門技術が必要なのです。

2. 「OJT」という名の「放置」

OJTは、実践を通じて学ぶ有効な育成手法である一方、その運用を誤ると、単なる「放置」になりかねません。体系的な育成計画や明確な到達目標がないまま、「とりあえず先輩に同行させよう」という場当たり的なOJTが横行していないでしょうか。

このような環境では、指導役の先輩社員も自身の業務に追われ、断片的なアドバイスしかできません。新人や若手は、「何を見て」「何を学ぶべきか」が分からないまま時間を過ごすことになります。質問したくても、「忙しそうだから後で…」と遠慮し、結局疑問を解消できないまま自己流で進めてしまう。結果として、成長スピードが著しく鈍化し、成果が出ないことに悩み、自信を失ってしまいます。この状態は、若手のエンゲージメントを低下させ、最悪の場合、離職につながる大きな要因となります。

3. 「育成の時間」を奪うプレイングマネージャーのジレンマ

多くの企業、特に中小・ベンチャー企業では、営業マネージャーが自身の営業目標も背負う「プレイングマネージャー」であることが大半です。彼らは、自身の成果を追い求めながら、部下の管理と育成という二重の役割を担っています。

頭では「部下を育てることが、将来の組織のためには最も重要だ」と理解しています。しかし、目の前には達成すべき今月の目標が迫っている。緊急かつ重要な「自分の案件」を優先せざるを得ず、重要だが緊急ではない「部下の育成」は、どうしても後回しになりがちです。

結果として、部下とのコミュニケーションは、日々の進捗確認や案件の指示といった業務連絡が中心になります。部下一人ひとりの課題にじっくりと向き合い、対話を通じて成長を支援するような、本来あるべき育成の時間は確保できません。これはマネージャー個人の責任ではなく、組織の構造的な問題であり、未来の成長機会を大きく損なう要因となっています。

第2章:なぜ「専門家」の視点が必要なのか?

では、これらの構造的な問題を解決するために、なぜ外部の「専門家」の視点が必要なのでしょうか。塾や家庭教師が子どもの学力を伸ばすプロセスを参考に、営業育成における専門家の役割を具体的に見ていきましょう。

1. 組織の課題を「客観的」に可視化する診断力

毎日同じ環境にいると、組織の慣習や人間関係が当たり前になり、どこに本質的な課題があるのかが見えにくくなります。社内の人間であれば、「あの部署との連携が悪いのは昔からだから」「あのベテランのやり方には口を出しづらい」といった、暗黙の了解や忖度が働き、問題の本質から目をそらしてしまうことがあります。

専門家は、第三者としての客観的な視点を持っています。しがらみがないからこそ、営業プロセス、顧客管理、組織内のコミュニケーションといった様々な側面をフラットに観察し、「どこで流れが滞っているのか」「なぜ成果に繋がらないのか」というボトルネックを正確に特定できます。それはまるで、健康診断で医師が自覚症状のない病気の兆候を発見するようなものです。まずは正しい現状認識が、全ての改善の出発点となります。

2. 属人化を防ぎ、組織の力を底上げする「再現性のある型」の構築

専門家は、特定の個人の成功体験に依存しません。数多くの企業の営業支援を通じて蓄積されたデータと知見に基づき、その企業に合った「再現性のある型」を構築します。

この「型」とは、画一的なマニュアルで個性を縛るものではありません。むしろ、成果を出すための思考のフレームワークや行動の基準となる「土台」です。例えば、商談における「ヒアリング→課題設定→提案→クロージング」という各フェーズで、どのような情報を収集し、どのように話を展開すれば成約率が高まるのか、という骨子を明確にします。

この土台があることで、営業担当者は迷いなく行動でき、経験の浅い若手でも一定水準のパフォーマンスを発揮できるようになります。そして、しっかりとした土台の上でこそ、個々の担当者の強みや個性を活かした「応用」が可能になるのです。組織全体の営業力が底上げされ、誰か一人が辞めても揺るがない、強い組織の礎が築かれます。

3. 「教える技術」と「育つ仕組み」の導入

前述の通り、「できる」ことと「教えられる」ことは全く別のスキルです。専門家は、まさに「教えるプロ」です。単に知識を一方的に伝えるティーチングだけでなく、相手に考えさせ、自ら答えを導き出す手助けをするコーチングの技術を駆使します。

ここで重要になるのが、定期的な1on1ミーティングのような対話の機会です。しかし、ただ1on1を実施するだけでは意味がありません。多くの管理職は、効果的な1on1の進め方を知らないため、結局は進捗確認会議になってしまいがちです。

専門家は、部下の本音を引き出し、内省を促すための「傾聴」の姿勢や「質問」の技術を熟知しています。そして、その技術を社内のマネージャーにインストールすることができます。効果的な1on1が社内に定着すれば、それは部下の成長を加速させる強力なエンジンとなります。マネージャー自身も、部下との対話を通じて新たな気づきを得ることができ、組織全体の学習能力が向上していくのです。

第3章:目指すべきは「自走する組織」。専門家を「伴走者」として活用する

ここで誤解していただきたくないのは、「営業育成を全て外部に丸投げすべきだ」と主張しているわけではないということです。最終的に目指すべき姿は、専門家の力を借りながら、いずれは社内の力で人材を育て、組織が自ら成長し続ける「自走する組織」を創り上げることです。

そのために、専門家を「請負業者」としてではなく、ゴールまで共に走る「伴走者」として活用するという発想が極めて重要になります。これは、一時的な成果を求めるのではなく、持続可能な成長の仕組みを社内に根付かせるためのアプローチです。

ステップ1:現状分析と目標設定(専門家との共同作業) まずは専門家の客観的な目で自社の営業組織を徹底的に診断してもらい、課題を洗い出します。その上で、「3ヶ月後には若手だけで商談を完結できるようにする」「半年後には営業プロセスを標準化し、CRMへの入力率を90%にする」といった、具体的で測定可能な目標を共に設定します。

ステップ2:仕組み(型)の構築と導入(専門家が主導し、社内を巻き込む) 次に、設定した目標を達成するための営業プロセス、評価基準、トークスクリプトの骨子といった「仕組み(型)」を、専門家が主導して構築します。重要なのは、このプロセスに現場のマネージャーやエース社員を巻き込むことです。自分たちが策定に関わった仕組みは、当事者意識を醸成し、その後の定着をスムーズにします。

ステップ3:実践と定着(社内が主導し、専門家がサポート) 構築した仕組みを日常業務で実践していくフェーズです。ここからは、社内のマネージャーが主役となります。マネージャーが部下に対して行うOJTや1on1の場に専門家が同席(あるいは録画でレビュー)し、「今のフィードバックは非常に効果的でした」「あの場面では、指示するのではなく質問で気づかせた方が本人の成長につながります」といった客観的な助言を行います。これは、マネージャーに対する「教え方のトレーニング」に他なりません。このステップを通じて、社内に育成のノウハウが着実に蓄積されていきます。

ステップ4:内製化と自走 マネージャーが育成スキルを習得し、構築された仕組みが組織に完全に定着すれば、専門家のサポートは徐々に不要になります。組織内でPDCAサイクルが自律的に回り始め、新たな課題が発生しても、自分たちの力で解決策を見出し、進化していけるようになります。ここまで到達して初めて、「持続可能な営業組織」が完成したと言えるのです。

おわりに

企業の成長を支えるエンジンは、間違いなく営業力です。そして、その営業力を生み出す源泉は「人」であり、「組織の仕組み」です。

私たちは、子どもの未来のためには、専門家の力を借りるという合理的な判断をします。であるならば、会社の未来を創る「営業の育成」という最重要課題に対して、いつまでも「自己流」や「精神論」に頼り続けることは、大きな機会損失と言わざるを得ません。

外部の専門家を活用することは、決して内製化の放棄ではありません。むしろ、最短距離で「自走できる組織」へとたどり着くための、最も効果的で戦略的な「投資」です。

もし、今あなたが「自社の営業組織を根本から変えたいが、何から手をつければ良いか分からない」「客観的な視点で、私たちの課題を指摘してほしい」と感じていらっしゃるのであれば、まずは一度、専門家の声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。

それは、貴社の営業組織が新たなステージへと進化するための、確かな第一歩となるはずです。