なぜ、あなたの指示は部下に響かないのか?部下指導で空回りする前に知っておきたい、伝え方の基本

「あの件、ちゃんと伝えたはずなのに、なぜ進んでいないんだ…」 「何度も同じことを説明しているのに、どうして理解してくれないんだろう?」

部下を持つ多くの方が、一度はこんな風に感じたことがあるのではないでしょうか。熱心に指導し、丁寧に説明している「つもり」でも、なぜか部下には意図した通りに伝わっていない。このコミュニケーションのすれ違いは、業務の停滞を招くだけでなく、上司と部下の信頼関係にも影響を与えかねない、根深い問題です。

なぜ、このような「伝えたつもり」が起きてしまうのでしょうか。

それは決して、あなたの説明が下手だからでも、部下の理解力がないからでもありません。多くの場合、その原因は非常にシンプルなところにあります。それは、**「自分の言葉で、自分の視点から話しているだけ」**という可能性です。

この記事では、なぜ「伝えたつもり」が生まれるのか、その構造を解き明かし、部下の立場に立って「伝わる」コミュニケーションを実現するための具体的な方法について、詳しく解説していきます。部下の育成に悩み、ご自身の指導方法を見つめ直したいと考えている方は、ぜひ最後までお付き合いください。

第1章:「伝えたつもり」が生まれる2つの壁

私たちは普段、無意識のうちに「自分が見ている世界」を基準に物事を考え、話してしまいます。しかし、上司であるあなたと部下との間には、目には見えない2つの大きな「壁」が存在していることを認識することが、すれ違いをなくす第一歩です。

1. 前提知識の壁

一つ目は「前提知識の壁」です。あなたがこれまでの経験で培ってきた知識や情報は、部下が持っているものと全く同じではありません。特に、以下のような点で大きな差が生まれがちです。

  • 業務経験の差: あなたにとっては「言わなくてもわかるだろう」という業務の流れや背景も、経験の浅い部下にとっては初めて見聞きすることかもしれません。「例の件、よろしく」と一言で済ませても、部下の頭の中は「”例の件”って、どの件だっけ?」「何から手をつければいいんだろう?」と、クエスチョンマークでいっぱいになっている可能性があります。
  • 業界・社内用語の差: 長く同じ環境にいればいるほど、専門用語や社内だけで通じる略語を無意識に使ってしまいがちです。「例のA社案件、ASAPでBシートにまとめてC部長に展開しといて」と言われて、新人の部下は正確に理解できるでしょうか。「ASAPとは?」「Bシートのフォーマットはどこに?」「展開って、メールで送ればいいの?」といった、細かい疑問がたくさん生まれているはずです。あなたにとっては当たり前の言葉が、部下にとっては外国語のように聞こえているかもしれません。
  • 情報の非対称性: マネージャーであるあなたには、会社の全体方針や部署の目標、プロジェクトの全体像など、部下よりも多くの情報が集まってきています。その全体像が見えているからこそ、「このタスクは重要だ」と判断できます。しかし、その背景情報が共有されていない部下にとっては、なぜその作業が必要なのか、全体の中でどんな位置づけなのかが分からず、ただの「作業」としか認識できないのです。

このように、あなたと部下では、見えている景色の「解像度」が全く違います。この前提知識の差を埋めることなく、自分の言葉だけで話してしまうと、部下は指示の断片しか受け取れず、結果として行動に移せなかったり、見当違いの方向に進んでしまったりするのです。

2. 視点の壁

二つ目は「視点の壁」です。同じ組織にいても、立場が違えば物事を見る視点、つまり「気にしていること」が大きく異なります。

  • 上司の視点(森を見る視点): マネージャーであるあなたは、チームや部署全体の成果を最大化することを常に考えています。個々のタスクが、どのように全体の目標達成に繋がるか、中長期的に見てどんな意味を持つか、といった「森全体」を俯瞰する視点を持っています。そのため、部下への指示も、この全体最適の観点から出されることが多くなります。
  • 部下の視点(木を見る視点): 一方、部下はまず、自分に与えられた目の前のタスクをどうやって期限内に終わらせるか、自分の評価をどう上げるか、といった「目の前の木」に集中しています。もちろん、チームへの貢献意欲がないわけではありません。しかし、日々の業務に追われる中で、常に全体像を意識するのは難しいのが現実です。

例えば、あなたが「この資料、もう少し顧客の長期的なメリットを強調する視点を加えてくれないか」と指示したとします。これは「森」を見る視点からの、非常に的確なアドバイスです。しかし、部下は「早くこの資料を完成させて、次のタスクに取り掛かりたい」という「木」を見る視点でいるかもしれません。その場合、あなたの指示は「追加の面倒な作業」としか受け取られず、なぜそれが必要なのかという本質が伝わりにくくなります。

この「視点の壁」を乗り越えなければ、あなたの指示は部下にとって「やらされ感」のあるものになってしまいます。部下が主体的に、そして意欲的に仕事に取り組むためには、この視点の違いを理解し、相手の視点に寄り添った伝え方が求められるのです。

第2章:「部下の立場に立つ」ための3つのステップ

では、どうすればこの2つの壁を乗り越え、「伝わる」コミュニケーションを実現できるのでしょうか。その答えが「部下の立場に立つ」ということです。しかし、これは単なる精神論ではありません。具体的な3つのステップに分解して考えることで、誰でも実践できるようになります。

ステップ1:相手を知る(傾聴と対話)

まず何よりも大切なのは、相手、つまり部下のことを深く知ることです。部下が今、どんな知識レベルで、何に悩み、何に関心を持っているのか。それを知らなければ、相手に響く言葉を選ぶことはできません。

ここで有効なのが、定期的な1on1ミーティングです。これは単なる進捗確認の場ではありません。部下の話にじっくりと耳を傾ける「傾聴」の時間です。

  • 「今、担当している業務で、何か難しいと感じることはある?」
  • 「この仕事の、どんなところに面白さを感じる?」
  • 「今後、どんなスキルを身につけていきたいと考えている?」

このようなオープンな質問を通じて、部下の現状や価値観、キャリアに対する考えなどを引き出します。大切なのは、上司が話すのではなく、部下に話してもらうことです。部下の言葉の中から、「今の彼の知識レベルはこのくらいだな」「この分野に興味があるのか」「この点の理解が曖昧なんだな」といった、コミュニケーションのヒントがたくさん見つかるはずです。

日々の業務の中での短い会話も重要ですが、週に1回、あるいは隔週に1回でも、30分程度の時間を確保してじっくり対話する機会を設けることをお勧めします。この積み重ねが、部下のことを深く理解し、信頼関係を築く土台となります。

ステップ2:相手の言葉に「翻訳」する

部下の現状を理解したら、次に自分の伝えたい内容を「相手の言葉」に翻訳する作業を行います。あなたが伝えたいメッセージの「芯」は変えずに、パッケージ(伝え方)を相手に合わせて変えるイメージです。

  • 専門用語を言い換える: 無意識に使っている業界用語や社内用語を、誰にでもわかる平易な言葉に言い換えましょう。「この件、NRでお願い」ではなく、「この件は、お客様にはまだ内緒で進めてください」と伝える。これだけで、誤解は格段に減ります。
  • 具体例やたとえ話を使う: 抽象的な指示は、具体的なイメージを伴わないため伝わりにくくなります。「もっと顧客視点で考えて」と言う代わりに、「例えば、君がこのサービスの利用者だったら、どんな機能があったら嬉しいと思う?」「もし君の友人にこの商品を勧めるとしたら、なんて説明する?」といったように、具体的な場面を想定させたり、身近な物事にたとえたりすることで、部下は一気にイメージを掴みやすくなります。
  • 一文を短く、結論から話す: 長々と背景から話してしまうと、結局何が言いたいのかがぼやけてしまいます。「結論は、〇〇です。なぜなら、△△だからです。具体的には、□□という方法で進めてください」というように、まず結論(やってほしいこと)を明確に伝え、その後に理由や背景を説明する話し方を意識しましょう。

この「翻訳」作業は、相手への思いやりそのものです。このひと手間をかけるかどうかが、「伝えたつもり」と「確かに伝わった」の大きな分かれ道になります。

ステップ3:相手の「自分ごと」にする

最後のステップは、あなたの指示を部下の「自分ごと」に結びつけることです。人は、その行動が自分にとってどんなメリットがあるのかを理解したとき、最も強く動機づけられます。

  • 成長への繋がりを伝える: 「この資料作成をお願いしたい。このタスクを通じて、マーケティング分析のスキルが身につくはずだ。君が今後、企画の仕事をしてみたいなら、必ず役に立つ経験になるよ」というように、その仕事が部下自身のキャリアや成長にどう繋がるのかを具体的に示します。
  • 感謝と期待を言葉にする: 「〇〇さんだから、この難しい交渉をお願いしたいと思っている」「いつも細かいところまで気づいてくれて助かるよ。今回も期待している」といったように、相手への信頼や期待を言葉にして伝えましょう。人は、自分が必要とされていると感じると、その期待に応えようと力を発揮するものです。
  • 仕事の意味や目的を共有する: なぜこの仕事が必要なのか、その背景にあるチームの目標や会社のビジョンを共有します。「このプロジェクトが成功すれば、業界での我々の立ち位置が大きく変わる。その重要な第一歩が、君が担当してくれるこの市場調査なんだ」というように、仕事の「意味」を伝えることで、部下は単なる作業者ではなく、プロジェクトの一員としての当事者意識を持つことができます。

このステップを踏むことで、指示は上司からの一方的な「命令」ではなく、部下の成長とチームの成功を願う「共通のミッション」へと変わります。

第3章:明日からできる!「伝わる」コミュニケーション実践チェックリスト

ここまで、コミュニケーションのすれ違いが起こる原因と、それを解消するための考え方についてお話ししてきました。最後に、明日からの部下との対話で、すぐに実践できるチェックリストをご紹介します。部下に何かを伝える前に、頭の中で少しだけ確認してみてください。

1. 伝える前に、相手の状態を確認したか? (忙しそうではないか?疲れていないか?話を聞ける状態か?)

2. まず「結論」から話そうとしているか? (「やってほしいこと」は何か、最初に明確に伝えられるか?)

3. なぜそれが必要なのか、「背景」や「目的」を伝える準備はできているか? (「ただの作業」だと思われないための工夫はできているか?)

4. 専門用語や社内用語を、相手がわかる言葉に言い換えられているか? (新人でも理解できる言葉を選んでいるか?)

5. 抽象的な言葉を、具体的な「たとえ話」や「事例」で補足できるか? (相手がイメージしやすいように工夫できているか?)

6. この仕事が、相手の「成長」や「メリット」にどう繋がるか伝えられるか? (相手の「自分ごと」にできているか?)

7. 最後に、相手の理解度を確認する質問を用意しているか? (「ここまでで、何か分からないことはある?」「私の説明で、何が一番重要だと感じた?」など)

この7つの項目すべてを、最初から完璧にこなす必要はありません。まずは一つか二つ、意識してみるだけでも、部下の反応が大きく変わるのを実感できるはずです。

まとめ:コミュニケーションは「スキル」であり、育成できる

部下に言いたいことが伝わらないのは、あなたと部下の間に「前提知識の壁」と「視点の壁」が存在するからです。そして、その壁を乗り越える方法は、決して難しいものではありません。「相手を知り」「相手の言葉に翻訳し」「相手の自分ごとに結びつける」という、相手の立場に立つというシンプルな思考の転換から始まります。

部下とのコミュニケーションは、一方的な「指示」や「伝達」ではありません。対話を通じてお互いの理解を深め、信頼関係を築きながら、共通のゴールを目指していく共同作業です。特に、定期的な1on1などを通じて、部下一人ひとりの個性や状況を理解しようと努める姿勢そのものが、部下の安心感と成長意欲を引き出す上で非常に重要になります。

部下の育成とは、スキルや知識を教えることだけではありません。上司であるあなた自身が、伝え方、関わり方を見つめ直し、コミュニケーションの質を高めていくプロセスでもあります。

「伝わらない」と悩む時間を、「どうすれば伝わるだろう?」と考える時間に変えてみませんか。その小さな意識の変化が、部下の成長を加速させ、ひいてはチーム全体のパフォーマンスを向上させる大きな一歩となるはずです。あなたの言葉が、部下の未来を切り拓く力になることを、心から願っています。