「最近の若手は、何を考えているのか分からない」 「熱心に指導しているつもりなのに、なぜか響いていない気がする」 「気がついたら、期待していた社員が退職してしまった…」
企業の経営者やマネージャーの皆様から、このようなお悩みを伺うことが増えました。世代間のギャップと言ってしまえば簡単ですが、その背景には、単なる年齢の違いだけでは片付けられない、働き方やキャリアに対する「価値観の大きな変化」があります。
かつて当たり前だった「会社のために身を粉にして働く」という考え方は、もはや多くの若手社員にとって魅力的には映りません。彼ら、彼女らが求めているのは、もっと個人的で、実質的なものです。
もし、今までのやり方ではどうしてもうまくいかないと感じているなら、それはマネジメントの手法をアップデートする絶好の機会かもしれません。この記事では、なぜ今の時代の社員育成に「1on1での対話」がこれほどまでに重要なのか、その理由を丁寧に紐解いていきます。
1. もはや「会社への忠誠」は当たり前ではない時代
少し昔を振り返ってみましょう。多くの企業では、終身雇用と年功序列が当たり前でした。一度会社に入れば、定年まで勤め上げるのが一般的なキャリアパス。そこでは、会社に尽くすことが、将来の安定や昇進に直結していました。社員の目標と会社の目標は、ある意味で自然と一致していたのです。
しかし、時代は大きく変わりました。終身雇用は過去のものとなり、転職は当たり前の選択肢です。一つの会社でキャリアを終えるのではなく、複数の会社を経験しながら自分の市場価値を高めていく、という考え方が主流になりつつあります。
このような変化の中で、若手社員が会社に求めるものも変わってきました。彼らが最も重視するのは、もはや「会社への忠誠心」ではありません。では、一体何を求めているのでしょうか。
価値観の変化:若手社員が仕事に求めるもの
- 自分の成長が実感できるか: 「この会社にいれば、自分はスキルアップできるだろうか」「市場価値の高い人材になれるだろうか」という視点を強く持っています。会社を、自分の成長のための「プラットフォーム」として捉えているのです。給与や福利厚生はもちろん大切ですが、それ以上に「成長機会」があるかどうかをシビアに見ています。
- 長い人生を見据えたキャリアアップ: 人生100年時代と言われる今、彼らは60歳や65歳でキャリアが終わるとは考えていません。もっと長いスパンで自分の人生とキャリアを設計しています。だからこそ、「今の仕事が、5年後、10年後の自分のキャリアにどう繋がるのか」を常に意識しています。目の前の業務をこなすだけでなく、その先に広がる未来を見据えているのです。
- 自分らしく活躍できる環境か: 個性を尊重し、自分らしさを発揮できる職場環境を求めます。「こうあるべきだ」という画一的な型にはめられるのではなく、自分の強みや特性を活かして、生き生きと働きたいという思いが強い傾向にあります。心理的安全性が高く、誰もが自由に意見を言える風通しの良い組織を好みます。
- 社会への貢献を実感できるか: 自分の仕事が、ただ会社の利益になるだけでなく、「社会の役に立っている」「誰かを幸せにしている」という実感を得たいという欲求も高まっています。企業の理念や事業の社会的な意義に共感できるかどうかは、彼らにとって働くモチベーションを大きく左右する要素です。
これらの価値観の変化を理解せず、旧来の「とにかく頑張れ」「背中を見て学べ」というスタイルを続けていては、社員の心は離れていくばかりです。彼らの内なる声に耳を傾け、一人ひとりの価値観を理解しようと努めること。それが、現代のマネジメントの出発点となります。
2. なぜ、一方通行のコミュニケーションは機能しないのか
「価値観が違うのは分かった。だから、研修や全体会議で会社のビジョンや方針をしっかり伝えている」
そうお考えのマネージャーの方もいらっしゃるかもしれません。もちろん、会社としての方針を明確に示すことは非常に重要です。しかし、それが「一方通行の伝達」で終わってしまっては、効果は半減してしまいます。
コミュニケーションは「キャッチボール」
想像してみてください。あなたは、相手に向かってひたすらボールを投げ続けています。相手がそのボールを受け取ったか、どう感じたか、どんなボールを投げ返したいと思っているかを確認することなく、次から次へと。これでは、コミュニケーションとは呼べません。単なる「通達」です。
従来のマネジメントは、この一方的なボール投げ、つまり「トップダウン」の指示命令が中心でした。しかし、先ほど述べたように多様な価値観を持つ社員にとって、この方法はもはや有効ではありません。
- 「自分ごと」として捉えられない: 全体に向けて発信されたメッセージは、どうしても他人行儀に聞こえてしまいます。「会社はそう言っているけれど、自分にはどう関係があるんだろう?」と感じ、自分自身の業務やキャリアと結びつけて考えることができません。
- 本音や不安を口にできない: 大勢の前では、「こんなことを言ったらどう思われるだろう」「的外れな質問かもしれない」という気持ちが働き、本当の疑問や不安を打ち明けにくいものです。結果として、分かったふりをしてしまい、認識のズレがどんどん大きくなっていきます。
- 信頼関係が生まれない: コミュニケーションが一方通行だと、社員は「自分はただの駒として扱われている」と感じてしまいます。自分の意見を聞いてもらえない、尊重されていないという感覚は、エンゲージメントの低下に直結し、やがては離職の原因にもなり得ます。
コミュニケーションは、本来「双方向」で行われるものです。話すことと同じくらい、あるいはそれ以上に「聴くこと」が大切なのです。相手の言葉に耳を傾け、その背景にある感情や考えを理解しようとすることで、初めて本当の意味での対話が始まり、信頼関係という土台が築かれていきます。
3. すべての答えは「1on1の対話」の中にある
では、どうすれば社員一人ひとりの価値観を理解し、双方向のコミュニケーションを実現できるのでしょうか。その最も効果的でシンプルな答えが、「1on1ミーティング」、つまり上司と部下が1対1で定期的に行う対話の時間です。
なぜ、1on1がこれほどまでに有効なのでしょうか。
1on1がもたらす、計り知れない効果
- 心理的安全性の確保と信頼関係の構築: 他の誰にも聞かれることのない1対1の空間は、部下が本音を話しやすい環境を作ります。業務上の悩みはもちろん、プライベートなこと、将来のキャリアへの不安など、普段は口に出せないようなデリケートな話題にも触れることができます。上司が真摯に耳を傾ける姿勢を見せることで、「この人は自分のことを気にかけてくれている」「この人になら本音で話せる」という信頼感が育まれていきます。この信頼関係こそが、あらゆるマネジメントの土台となります。
- 個人の価値観と目標の把握: 全体会議では見えてこない、社員一人ひとりの「大切にしていること」や「なりたい姿」を深く理解することができます。「本当はどんな仕事に挑戦してみたいのか」「どんなスキルを身につけたいのか」「仕事を通じて何を実現したいのか」。こうした個人の目標を把握することで、それを会社の目標とすり合わせ、より本人の意欲を引き出すような仕事の割り振りや目標設定が可能になります。
- 認識のズレの早期発見と修正: 定期的に対話の機会を持つことで、業務の進め方や目標に対する認識のズレを早い段階でキャッチできます。「こんなはずじゃなかった」という事態を防ぎ、手遅れになる前に行動を修正することができるのです。これは、無駄な手戻りを減らし、生産性を向上させる上でも極めて重要です。
- 成長実感の醸成とモチベーション向上: 1on1は、部下の小さな成功や成長を認め、具体的にフィードバックする絶好の機会です。「先週のあの提案、すごく良かったよ」「最近、お客様との話し方がスムーズになったね」。こうした具体的な承認の言葉は、部下の自己肯定感を高め、「自分のことを見てくれている」という安心感につながります。そして、それが「もっと頑張ろう」という次へのモチベーションを生み出すのです。
1on1は、単なる業務報告や進捗確認の場ではありません。それは、上司と部下が「パートナー」として、個人の成長と組織の成功という共通のゴールに向かうための作戦会議なのです。
4. 明日からできる、効果的な1on1のはじめ方
「1on1が重要なのは分かった。でも、具体的に何をどう話せばいいのか…」
そう感じた方もご安心ください。完璧な1on1を目指す必要はありません。大切なのは、まず始めてみること、そして継続することです。ここでは、明日から実践できる簡単なポイントをいくつかご紹介します。
テーマ:何を話すか? 業務の進捗確認だけに終始しないことがポイントです。以下のようなテーマをバランス良く取り入れてみましょう。
- コンディションチェック: 「最近、調子はどう?」「何か困っていることはない?」といった、心と体の健康状態を気遣う問いかけから始めましょう。
- 業務に関する相談: 「あの案件で、何か壁にぶつかっていることはある?」「もっとこうすれば良くなるかも、というアイデアはある?」など、具体的な業務の課題や改善点について話し合います。
- 中長期的なキャリアの話: 「今後、どんなスキルを身につけていきたい?」「3年後、どんな自分になっていたい?」といった、本人のキャリアプランに関する対話も重要です。上司が部下のキャリアを一緒に考える姿勢を見せることで、会社への帰属意識も高まります。
- プライベートな雑談: 「週末は何してたの?」「最近ハマっていることは?」など、仕事以外の話も信頼関係を築く上では潤滑油になります。ただし、相手が話したくないことに踏み込みすぎない配慮は必要です。
マネージャーの心構え:聴く姿勢が9割 1on1の主役は、あくまで部下です。上司が一方的に話す場ではありません。
- **話す(2割):聴く(8割)**のバランスを意識しましょう。
- まずは受け止める: 部下の話に対して、すぐに「でも」「それは違う」と否定したり、アドバイスを始めたりしないこと。「なるほど、そう感じているんだね」と、まずは一旦すべてを受け止める姿勢が大切です。
- 答えを教えるのではなく、一緒に考える: 「どうすれば解決できると思う?」と問いかけ、部下自身に考えさせることを促しましょう。上司は答えを与える人ではなく、部下が答えを見つけるための「伴走者」であるべきです。
頻度と時間:大切なのは「継続」 理想は、毎日15分、もしくは週に2、3回15分など、短い時間でも良いので「定期的」に行うことです。「何か問題が起きた時だけ」の面談では、部下は「何か悪い報告をしなければならないのか」と身構えてしまいます。何もない平時だからこそ、気軽な対話ができるのです。
カレンダーに定例の予定として入れてしまい、お互いにとって「当たり前の習慣」にすることが、継続のコツです。
おわりに:対話への投資が、会社の未来を創る
今の時代、社員はもはや会社の「歯車」ではありません。一人ひとりが異なる価値観と可能性を持った、かけがえのない「個人」です。その個性を理解し、才能を最大限に引き出すことこそが、これからの企業に求められる最も重要な役割と言えるでしょう。
1on1での対話は、そのための最もパワフルなツールです。
一見、遠回りに見えるかもしれません。日々の業務に追われる中で、一人ひとりと向き合う時間を確保するのは大変だと感じるかもしれません。しかし、社員一人ひとりの心に火を灯し、彼らが自律的に考え、行動し、成長していく姿を見ることほど、マネージャーにとって喜ばしいことはないはずです。
そして、そうして育った社員たちの活躍こそが、変化の激しい時代を乗り越え、会社を持続的な成長へと導く最大の原動力となります。
まずは、あなたのチームの一人と、15分でも構いません。じっくりと向き合い、対話する時間を作ってみてはいかがでしょうか。その小さな一歩が、あなたと部下の関係を、そして会社の未来を、大きく変えるきっかけになるはずです。