はじめに
企業の成長を支えるのは、まぎれもなく「人」です。そして、社員一人ひとりの成長を促す上で、マネージャーの役割は非常に大きいと言えるでしょう。しかし、マネージャーによって部下の育成方法や熱意に違いがあり、その結果として社員の成長スピードや機会にばらつきが生じてしまう、という悩みを抱える企業は少なくありません。
このような育成の質のばらつきは、社員の成長機会に不公平感を生み、教えられる側の不満や成長意欲の低下を招くだけでなく、組織全体の育成力向上を妨げる大きな要因となります。本コラムでは、なぜマネージャーによって育成の質にばらつきが出てしまうのか、それが組織にどのような影響を与えるのか、そして、その課題をどのように解決していけば良いのかについて、分かりやすく解説していきます。
なぜマネージャーによって育成の質にばらつきが出るのか?
そもそも、なぜマネージャーによって部下育成の質に差が生まれてしまうのでしょうか。主な原因として、以下の点が考えられます。
- マネージャー自身の経験や価値観への依存 多くのマネージャーは、自身が過去に受けてきた指導方法や、プレイヤーとして成功体験を基に部下を育成しようとします。その経験が必ずしも全ての部下に当てはまるわけではなく、特定のタイプには有効でも、他のタイプには逆効果となることもあります。また、育成に対する考え方や価値観も個々人で異なるため、指導の方向性にも違いが出やすくなります。
- 育成に対する意識や優先度の違い マネージャーの中には、プレイングマネージャーとして自身の業務目標達成に追われ、部下育成に十分な時間と意識を割けない人もいます。また、短期的な成果を重視するあまり、長期的な視点での人材育成を後回しにしてしまうケースも見られます。育成の重要性を理解していても、日々の業務に忙殺され、結果的に部下と向き合う時間が不足してしまうのです。
- 育成ノウハウの属人化と共有不足 優れた育成手腕を持つマネージャーがいたとしても、そのノウハウが個人的なスキルとして留まってしまい、組織全体で共有・活用されていない場合があります。各マネージャーが自己流で育成に取り組むため、組織としての育成力が蓄積されず、いつまでも個人の力量に頼らざるを得ない状況が続いてしまいます。
- 育成のための具体的な指針や仕組みの不在 会社として、どのような人材を育てたいのか、そのためにどのような育成を行うべきかという具体的な指針や共通の仕組みがなければ、マネージャーは手探りで育成を進めるしかありません。育成目標や評価基準が曖昧であれば、指導内容にもばらつきが生じ、部下も何をどのように頑張れば良いのか分かりにくくなってしまいます。
これらの要因が複雑に絡み合い、マネージャー間の育成の質の差として表れてくるのです。
育成のばらつきが組織にもたらす深刻な影響
マネージャーによる育成の質のばらつきは、放置しておくと組織全体に様々な悪影響を及ぼします。
- 社員の不公平感とモチベーションの低下 「隣の部署の同期は手厚い指導を受けているのに、自分は放置されている」「上司によって言うことが違い、混乱する」といった不公平感は、社員のモチベーションを著しく低下させます。成長したいと願う社員ほど、この状況に不満を感じ、会社への信頼を失いかねません。
- 学ぶ機会の損失と成長意欲の減退 適切な指導やフィードバックを受けられない社員は、自身の課題や改善点に気づきにくく、成長の機会を逃してしまいます。何度か改善を試みても手応えが得られないと、次第に「自分には向いていないのかもしれない」「頑張っても無駄だ」と成長意欲そのものが削がれてしまうこともあります。
- 組織全体のスキルアップの遅延 一部の優秀なマネージャーの下で育った社員だけが成長し、他の社員の成長が滞ってしまっては、組織全体のスキルレベルはなかなか向上しません。結果として、業務の生産性が上がらなかったり、新しい取り組みへの対応が遅れたりするなど、企業競争力の低下に繋がる恐れがあります。
- 優秀な人材の流出リスク 成長機会に恵まれない、あるいは正当な評価をされていないと感じる社員は、より良い環境を求めて組織を去ってしまう可能性があります。特に、成長意欲の高い優秀な人材ほど、この傾向は強いと言えるでしょう。人材の流出は、採用コストや再教育コストの増大だけでなく、組織の活力低下にも繋がります。
- 特定のマネージャーへの負担集中 「あのマネージャーに任せておけば安心だ」という状況が生まれると、育成の得意な特定のマネージャーにばかり部下が集まったり、難しい育成案件が集中したりする可能性があります。これは、そのマネージャーの負担を増大させるだけでなく、他のマネージャーの育成スキルが向上しないという問題も生み出します。
- 企業文化への悪影響 育成のばらつきが常態化すると、「この会社では上司によって当たり外れがある」「成長は運次第」といったネガティブな認識が社内に広がり、健全な企業文化の醸成を妨げます。社員が安心して働き、成長を目指せる環境とは言えなくなってしまうのです。
これらの問題は、個々の社員の成長だけでなく、組織全体の持続的な成長を阻害する大きな壁となり得ます。
育成のばらつきを解消し、組織全体の育成力を高めるには
では、どうすればマネージャーによる育成の質のばらつきを解消し、組織全体の育成力を高めていくことができるのでしょうか。大切なのは、個人の頑張りに頼るのではなく、「仕組み」と「文化」の両面からアプローチすることです。
1. 育成の「仕組み化」を進める
育成の質の標準化を図るためには、まず育成の「仕組み化」が不可欠です。具体的には、以下のような取り組みが考えられます。
- 育成目標の明確化と共有: 会社として、どのようなスキルやマインドを持った人材を育てたいのか、そのために各階層でどのような状態を目指すのか、具体的な育成目標を明確にし、全マネージャーで共有します。これにより、育成の方向性が統一され、マネージャーによる解釈の違いを防ぎます。
- 育成計画の標準化: OJT(On-the-Job Training)の進め方、面談の頻度や内容、フィードバックの方法、研修プログラムなど、育成に関わる一連のプロセスや内容を標準化します。もちろん、個々の部下の特性に合わせた個別対応は必要ですが、ベースとなる型があることで、どのマネージャーでもある一定水準の育成ができるようになります。
- 育成ツールの整備と活用: 育成マニュアル、スキルチェックリスト、面談記録シート、eラーニング教材など、育成をサポートするツールを整備し、活用を促進します。これにより、マネージャーの経験やスキルに頼らずとも、質の高い育成情報を部下に提供できたり、進捗を客観的に把握したりすることが可能になります。
- 評価基準の明確化と公平性の担保: 部下の成長度合いや努力を評価する基準を明確にし、評価者によるばらつきが出ないようにします。評価項目や評価方法を具体的に定め、評価者研修などを通じて目線合わせを行うことも有効です。公平な評価は、部下の納得感を高め、モチベーション向上に繋がります。
- マネージャー向けの育成研修の実施: 部下育成の基本的な考え方、コーチングスキル、フィードバックスキル、目標設定の方法など、マネージャーとして必要な育成スキルを体系的に学ぶ機会を提供します。これにより、マネージャー自身の育成に対する意識とスキルを高めることができます。
2. 育成を重視する「文化」を醸成する
仕組みを整えるだけでは、育成の質はなかなか向上しません。社員一人ひとりが育成の重要性を理解し、積極的に関わろうとする「文化」を醸成することが、仕組みを効果的に機能させる上で非常に重要です。
- 経営層からの強いメッセージ発信: 経営層が率先して人材育成の重要性を語り、育成に積極的に取り組む姿勢を示すことが大切です。「人は財産である」「社員の成長が会社の成長に繋がる」といったメッセージを継続的に発信することで、社内全体の育成に対する意識を高めます。
- マネージャー同士の情報交換・学び合いの場の設定: 定期的にマネージャー同士が集まり、育成に関する悩みや成功事例、失敗事例などを共有し、学び合う場を設けます。他のマネージャーの取り組みを知ることで、新たな気づきやヒントを得たり、自身の育成方法を見直したりするきっかけになります。
- 育成の成果を評価する制度の導入: 部下の成長や育成への貢献度を、マネージャーの評価項目の一つとして明確に位置づけます。これにより、マネージャーは短期的な業績だけでなく、長期的な視点での人材育成にも真剣に取り組むようになります。
- 部下が安心して学べる環境づくり: 部下が上司や先輩に質問しやすい雰囲気、失敗を恐れずに挑戦できる環境を作ることも重要です。また、部下自身がキャリアプランを描き、主体的に学ぶことを奨励する風土も、育成文化の醸成に繋がります。
- 成功事例の共有と称賛: 育成を通じて部下が成長した事例や、優れた育成を行ったマネージャーの取り組みを社内で共有し、称賛する文化を作ります。成功事例を共有することで、他のマネージャーの参考になるだけでなく、育成に対するポジティブなイメージが広がります。
「仕組み化」と「文化醸成」は、どちらか一方だけでは不十分です。両輪としてバランス良く推進していくことで、組織全体の育成力は着実に向上していくでしょう。
「仕組み」と「文化」で得られる、組織全体の成長
育成のばらつきをなくし、組織全体の育成力を高めることは、企業に多くのメリットをもたらします。
- 社員の公平な成長機会の提供: どのマネージャーの下についたとしても、質の高い育成を受ける機会が提供され、社員は安心して自身の成長に集中できます。
- 社員のモチベーション向上と自律的な成長の促進: 適切な指導と公平な評価によって、社員の学習意欲や成長意欲が刺激され、自律的に学ぶ姿勢が育まれます。
- 組織全体のスキルアップと生産性の向上: 社員一人ひとりの能力が向上することで、組織全体のスキルレベルが底上げされ、業務の効率化や生産性の向上に繋がります。
- マネージャーの負担軽減と質の高い育成への集中: 育成の仕組みが整うことで、マネージャーは手探りで育成を行う必要がなくなり、精神的な負担が軽減されます。また、標準化された業務は効率化し、より部下一人ひとりに向き合った質の高いコミュニケーションに時間を割けるようになります。
- 離職率の低下と優秀な人材の定着: 成長できる環境、正当に評価される環境は、社員のエンゲージメントを高め、優秀な人材の離職を防ぎ、定着を促進します。
- 変化に強い、持続可能な組織の実現: 社員が常に学び成長し続ける組織は、市場の変化や新たな課題にも柔軟に対応できる強い組織となります。これが、企業の持続的な成長を支える力となるのです。
まとめ:社員の成長が、企業の未来を創る
マネージャーによる部下育成の質のばらつきは、社員の成長機会の不公平感を生み出し、組織全体の成長を妨げる深刻な問題です。しかし、この問題は、個々のマネージャーの能力だけに責任を求めるのではなく、組織として「育成の仕組み化」と「育成を重視する文化の醸成」に取り組むことで解決へと導くことができます。
社員一人ひとりが安心して成長を追求できる環境を整え、その成長を組織の力へと変えていく。これこそが、変化の激しい現代において、企業が持続的に発展していくための重要な取り組みと言えるでしょう。本コラムが、貴社の「人」と「組織」の成長について考える一助となれば幸いです。