マネージャーが部下を育てられない…その悩み、本当にマネージャーだけの責任ですか?

はじめに

「うちのマネージャーは、部下を育てるのが苦手で…」 「最近のマネージャーは、プレイングにばかり注力して、メンバーの育成がおろそかになっている気がする」

経営者の方から、頻繁にこのようなお悩みをご相談頂きます。確かに、部下の成長は組織の成長に直結しますし、その重要な役割を担うマネージャーの育成スキルは非常に大切です。

しかし、もし育成がうまくいっていないと感じる場合、その原因をマネージャー個人の能力や意識だけに求めてしまうのは、少し早計かもしれません。もちろん、マネージャー自身の努力や工夫も必要ですが、実は組織側に問題が潜んでいるケースも少なくないのです。

今回は、「マネージャーが部下を育成できないのは、そのマネージャー本人だけの責任ではない」という視点から、組織として見直すべきポイントについて、一緒に考えていきましょう。

第1章:なぜマネージャーは「育成できない」と言われてしまうのでしょうか?

まず、多くのマネージャーが置かれている現状を理解することから始めましょう。

1. マネージャー自身も悩んでいる

「部下をどう育てていけば良いのか分からない」「自分のやり方で本当に合っているのか不安だ」。実は、こういった悩みを抱えているマネージャーは少なくありません。特に、自身がプレイヤーとして優秀だった方がマネージャーになった場合、教えることの難しさに直面することはよくあります。自分が無意識にできていたことを、言語化して相手に伝えるのは簡単なことではありません。

2. 期待される役割の多様化とプレッシャー

近年、マネージャーに求められる役割はますます多様化し、複雑になっています。自身のチームの業績目標達成はもちろんのこと、メンバーのモチベーション管理、キャリア相談、コンプライアンス遵守、新しい技術や市場の変化への対応など、枚挙にいとまがありません。 特に「プレイングマネージャー」として、自身の成果も求められながら部下の育成も行うとなると、時間的にも精神的にも大きなプレッシャーがかかります。

3. 育成の成果が見えにくく、評価されにくいという現実

部下の育成は、すぐに成果が出るものではありません。種をまき、水をやり、時間をかけてようやく芽が出るように、根気強い関わりが必要です。しかし、短期的な業績が重視されがちな環境では、育成に時間を割くことの優先順位が下がってしまったり、育成の成果が正当に評価されにくかったりする場合があります。これでは、マネージャーの育成に対するモチベーションも上がりづらいでしょう。

結果として、日々の業務に追われる中で、育成が後回しにされてしまう…という状況が生まれてしまうのです。

第2章:育成がうまくいかないのは、本当にマネージャーだけのせい? – 組織が見落としていること

さて、ここからが本題です。マネージャーが部下を育成しにくい状況を生み出しているかもしれない、組織側の要因について具体的に見ていきましょう。

ポイント1:マネージャーに「育成の役割」を明確に伝えていますか?

「マネージャーなのだから、部下を育成するのは当たり前だ」 そう考えている企業は多いかもしれません。しかし、「当たり前」で済ませてしまうと、認識のズレが生じやすくなります。

  • 「育成も仕事だ」と言うだけでは不十分です。 「部下を育成してください」と伝えるだけでは、具体的に何をすれば良いのか、マネージャーは戸惑ってしまいます。例えば、「新入社員に1日でも早く独り立ちしてもらうために、最初の3ヶ月間で、A業務とB業務を一人でこなせるレベルまで引き上げてください」といったように、育成の目標や範囲を具体的に示す必要があります。
  • 何を、どこまで、どのように育成するのか?具体的な期待値が共有されていないかもしれません。 会社として、社員にどのようなスキルを身につけてほしいのか、どのような人材に育ってほしいのかという育成方針が曖昧だと、マネージャーは手探りで育成を進めるしかありません。結果として、マネージャーごとに育成の質にばらつきが出たり、会社が求める方向とは違う方向に進んでしまったりする可能性があります。
  • 育成と他の業務(自身の成果など)との優先順位が曖昧になっていませんか? マネージャーがプレイングも兼ねている場合、自分の目標達成と部下の育成、どちらにどれだけ時間とエネルギーを割くべきか、悩むことがあります。「育成も大事だけど、まずは自分の数字を達成しないと…」と考えるのは自然なことです。組織として、育成の重要性を伝え、業務の優先順位について明確な指針を示すことが大切です。
  • 会社として「どのような人材を育てたいのか」というビジョンが、マネージャーにしっかり伝わっていないかもしれません。 経営層がどのような組織を目指し、そのためにどのような人材が必要だと考えているのか。そのビジョンがマネージャーにまで浸透していなければ、育成の方向性も定まりません。組織の未来像と、そこから逆算した人材育成の必要性を、丁寧に説明することが求められます。

ポイント2:マネージャーに「育成方法」を教えていますか?

「自分が若い頃は、先輩の背中を見て仕事を覚えたものだ。だから、今の若い世代もそれで育つはずだ」 このような経験則に頼った育成は、残念ながら現代では通用しにくくなっています。時代背景も、働く人の価値観も変化しているからです。

  • 「自分はこうやって育ったから」という経験則頼りの育成には限界があります。 過去の成功体験が、必ずしも今の部下に当てはまるとは限りません。むしろ、古いやり方を押し付けることで、部下のモチベーションを下げてしまう可能性すらあります。
  • ティーチングとコーチングの違い、フィードバックの技術、目標設定のサポート方法など、具体的なスキルを学ぶ機会が不足していませんか? 効果的な育成には、専門的な知識やスキルが必要です。例えば、相手に答えを教える「ティーチング」だけでなく、相手の中から答えを引き出す「コーチング」のスキル。部下の行動を具体的に伝え、成長を促す「フィードバック」の技術。部下が自ら目標を設定し、達成に向けて主体的に動けるようにサポートする方法。これらは、学ばなければなかなか身につきません。
  • 部下のタイプや状況に合わせた育成方法の引き出しが少ないかもしれません。 人はそれぞれ個性も違えば、得意なこと、苦手なことも異なります。また、キャリアの段階によっても、効果的な関わり方は変わってきます。画一的な育成方法ではなく、相手に合わせたアプローチができるようになるためには、多様な育成手法を学ぶ機会が必要です。
  • 育成に関する知識や情報を学ぶ機会が提供されていないのではないでしょうか。 書籍を読んだり、セミナーに参加したりする時間的・金銭的余裕がないマネージャーもいるかもしれません。組織として、育成に関する学習コンテンツを提供したり、研修の機会を設けたりといったサポートが求められます。

ポイント3:マネージャーが育成に集中できる「体制」が整っていますか?

いくらマネージャーに育成の重要性を伝え、育成方法を教えたとしても、それを実践できる環境がなければ絵に描いた餅です。

  • 育成にかける時間的余裕がない(業務過多)のではないでしょうか。 これが最もよく聞かれる問題かもしれません。日々の業務に追われ、部下とじっくり向き合う時間が取れない。1on1ミーティングを設定しても、緊急の業務でキャンセルせざるを得ない。これでは、計画的な育成は難しいでしょう。
  • 育成をサポートするツールや仕組みがない、ということはありませんか。 例えば、部下の育成計画や進捗状況を記録・共有できるシンプルなツールがあれば、マネージャーの負担を軽減できます。また、メンター制度を導入して、マネージャーとは別の先輩社員が新人のサポートをするなど、育成の責任を分散する仕組みも有効です。
  • マネージャー自身の評価において、育成の比重が低い、または曖昧になっていませんか。 もし、マネージャーの評価が短期的な業績目標の達成度合いに偏っているのであれば、育成に力を入れるインセンティブは働きにくいでしょう。「育成を頑張っても評価されないなら、目の前の数字を追いかけた方が良い」と考えるのは当然です。
  • 困ったときに相談できる相手や、他のマネージャーと学び合う場がない、という状況ではありませんか。 育成は孤独な作業になりがちです。うまくいかない時に一人で抱え込んでしまうマネージャーもいます。気軽に相談できる人事担当者や上司、あるいは他のマネージャーと悩みを共有したり、成功事例を学び合ったりする場があれば、マネージャーの心理的な負担は大きく軽減されます。
  • 育成の失敗を恐れてしまうようなプレッシャーや雰囲気はありませんか。 育成には試行錯誤がつきものです。最初から完璧にできる人はいません。もし、一度の失敗で厳しい評価を受けたり、責任を追及されたりするような雰囲気があれば、マネージャーは萎縮してしまい、思い切った育成ができなくなってしまいます。

第3章:組織としてマネージャーの育成力を引き出すためにできること

では、組織として具体的にどのようなことに取り組めば、マネージャーの育成力を引き出し、組織全体の育成力を高めることができるのでしょうか。

ステップ1:マネージャーの役割と期待値を再定義し、共有する

まず、組織として「マネージャーに何を期待するのか」を明確にすることから始めましょう。

  • 育成を重要なミッションとして明確に位置づける 「マネージャーの仕事は、チームの成果を最大化することであり、そのためにはメンバーの育成が不可欠である」というメッセージを、経営層から一貫して発信し続けることが大切です。経営理念や行動指針の中に、人材育成の重要性を盛り込むのも良いでしょう。
  • 育成目標と評価基準を具体的に設定する 例えば、「部下が〇〇のスキルを習得する」「半年以内に部下が自律的に△△業務を行えるようにする」といった具体的な育成目標を設定します。そして、その達成度合いをマネージャーの評価項目の一つとして組み込みます。これにより、マネージャーは育成に対する意識を高め、計画的に取り組むようになります。
  • 経営層から「なぜ育成が重要なのか」を一貫して発信する 単に「育成しろ」と言うだけでなく、なぜ育成が会社の成長にとって重要なのか、その背景や想いを経営層自身の言葉で語ることが、マネージャーの共感と納得感を引き出します。

ステップ2:マネージャー向けの育成プログラムを導入する

次に、マネージャーが育成スキルを習得し、向上させるための具体的な機会を提供します。

  • 育成の基礎知識、具体的なスキル(コーチング、フィードバック、1on1ミーティングの方法など)を学べる研修の実施 体系的に育成について学べる研修プログラムを用意しましょう。座学だけでなく、ロールプレイングやグループワークを取り入れ、実践的なスキルが身につくように工夫することが大切です。例えば、効果的な1on1ミーティングの進め方、部下の本音を引き出す傾聴のスキル、行動変容を促すフィードバックの方法などを具体的に学びます。
  • OJT(On-the-Job Training)だけでなく、Off-JT(Off-the-Job Training)の機会も提供する 日々の業務を通じたOJTも重要ですが、それだけでは習得しにくい体系的な知識や新しい視点を得るためには、Off-JTの機会も有効です。外部のセミナーへの参加を奨励したり、社内で定期的な勉強会を開催したりするのも良いでしょう。
  • マネージャー同士の成功事例や失敗談を共有し、学び合う場を設ける(勉強会、ワークショップなど) 同じ立場で悩みを抱えるマネージャー同士が、お互いの経験を共有し、学び合う場は非常に貴重です。定期的なマネージャーミーティングの中で、育成に関するテーマでディスカッションを行ったり、成功事例を発表し合ったりする機会を設けてみましょう。これにより、組織全体の育成ノウハウが蓄積され、向上していきます。
  • 必要に応じて外部の専門家の力も借りる 社内だけでは対応が難しい専門的なテーマについては、外部の研修講師やコンサルタントの力を借りるのも有効な手段です。新しい知見や客観的な視点を取り入れることができます。

ステップ3:マネージャーが育成に専念しやすい環境を整備する

最後に、マネージャーが安心して育成活動に取り組めるような環境づくりを進めます。

  • マネージャーの業務量を見直し、育成のための時間を確保する これが最も難しい課題かもしれませんが、本気で育成に取り組むのであれば避けては通れません。マネージャーの業務内容を精査し、本当にマネージャーでなければできない仕事に集中できるように、権限委譲を進めたり、サポートスタッフを配置したりといった工夫が必要です。部下との面談時間などをあらかじめ業務スケジュールに組み込むことを推奨するのも一つの方法です。
  • 育成活動を記録・共有できるシンプルなツールを導入する 部下一人ひとりの育成目標や進捗状況、面談記録などを簡単に記録し、必要に応じて上司や人事部と共有できるようなシンプルなITツールを導入することも、マネージャーの負担軽減につながります。複雑なものではなく、誰もが使いやすいものを選ぶことがポイントです。
  • 人事評価制度において、育成の成果を適切に評価する仕組みを作る 「部下の成長に貢献したマネージャーがきちんと報われる」という仕組みを作ることが重要です。短期的な業績だけでなく、部下のスキルアップ度合い、定着率、エンゲージメント向上への貢献なども評価対象に加えることを検討しましょう。評価基準を明確にし、透明性を高めることも大切です。
  • メンター制度の導入や、人事部による定期的なフォローアップ体制を構築する 新任マネージャーに対しては、経験豊富な先輩マネージャーがメンターとして相談に乗ったり、アドバイスをしたりする制度を導入するのも効果的です。また、人事部が定期的にマネージャーと面談を行い、育成に関する悩みを聞いたり、必要なサポートを提供したりする体制も心強いでしょう。
  • 心理的安全性を高め、挑戦と失敗から学べる組織文化を醸成する 育成は一朝一夕に成果が出るものではなく、時には失敗も伴います。大切なのは、失敗を恐れずに挑戦できる環境を作ることです。「育成で何か困ったことがあったら、いつでも相談してほしい」「失敗から学ぶことが大切だ」というメッセージを発信し、心理的安全性の高い組織文化を育んでいくことが、マネージャーの育成への積極的な取り組みを後押しします。

おわりに:育成は、組織みんなで取り組むプロジェクト

マネージャーが部下を育成できないのは、決してマネージャー一人の能力や意欲だけの問題ではありません。多くの場合、組織の仕組みや環境、文化が大きく影響しています。

「うちのマネージャーは育成が下手だ」と嘆く前に、 「マネージャーに育成の役割をきちんと伝えているだろうか?」 「育成に必要なスキルを学ぶ機会を提供できているだろうか?」 「マネージャーが育成に集中できる環境を整えられているだろうか?」 と、一度立ち止まって組織全体を見渡してみてください。

マネージャーは、組織の中で非常に重要な役割を担っています。そのマネージャーが本来持っている力を最大限に発揮し、生き生きと部下育成に取り組めるようにするためには、組織全体でのサポートが不可欠です。

育成は、マネージャー任せにするのではなく、経営層も一体となって取り組むべき、組織全体のプロジェクトです。組織の仕組みや文化を見直し、改善していくことで、マネージャーはもっと輝き、部下は成長し、そして会社全体がより強く、より良い方向に進んでいくはずです。

時間はかかるかもしれませんが、一つ一つの取り組みが、必ず未来の組織を豊かにしてくれると信じています。