企業の経営者様や営業責任者様と日々お話ししていると、人材育成に関する悩みを本当によく伺います。その中で、多くの方が思わず口にしてしまう言葉があります。
「新しく入った〇〇君、ちょっと営業のセンスがないんですよね」
「何度同じことを教えても、こちらの意図を汲み取ってくれないんです」
一生懸命に指導しているのに、部下が期待通りに動いてくれない。そのもどかしさは痛いほどよくわかります。特に、ご自身が営業現場で優秀な成績を収めてきた経営者やマネージャーの方ほど、今の若手社員との間に大きなギャップを感じ、「営業に向いていないのではないか」「センスの問題だ」と結論づけてしまう傾向があります。
しかし、本当にそれは「センス」の問題なのでしょうか。
厳しい言い方になってしまうかもしれませんが、部下の行動が伴わない原因を「センス」という曖昧な言葉で片付けてしまうのは、マネジメント側の思考停止に陥っている可能性があります。今回は、部下の能力や感覚に依存せず、誰もが一定の成果を出せるようになる「再現性のある仕事の渡し方」について考えていきます。
「センス」という言葉の正体
そもそも、営業現場で言われる「センス」とは何でしょうか。
空気を読む力、お客様の潜在的なニーズを引き出す質問力、適切なタイミングで提案を切り出す間合い。確かに、これらを天性の感覚として最初から持ち合わせている人は存在します。
しかし、多くの場合、上司が求めている「センス」とは、上司自身が長年の経験と失敗の中から無意識のうちに身につけた「うまくいくやり方」そのものです。長年現場にいると、思考のプロセスが自動化され、「ここはこうするものだ」という感覚で動けるようになります。
問題は、その自動化された思考プロセスを言語化せずに、結果だけを部下に求めてしまうことにあります。上司の頭の中にある「これくらい言えばわかるだろう」「普通はこう動くだろう」という前提は、経験の浅い部下には全く通じません。「背中を見て学べ」「技を盗め」という指導方法は、今の時代にはなかなか適合しづらいのが現実です。
部下が期待通りに動けないのは、決して能力が低いからでも、やる気がないからでもありません。単に、上司からの「指示の解像度」が低く、具体的に何をどうすればいいのかが理解できていないケースがほとんどなのです。
解像度の低い指示が引き起こす悲劇
具体的な例を挙げてみましょう。ある営業マネージャーが、部下に明日の商談の準備を指示しました。
「明日の〇〇株式会社との商談、大事な案件だから、いい感じの提案書をまとめておいて。お客様の課題にしっかり刺さるようにお願いね」
一見、普通の指示に見えるかもしれません。しかし、これを受けた部下はどうでしょうか。「いい感じ」とは何ページくらいのボリュームなのか。「課題に刺さる」ためには、どのデータを含めるべきなのか。過去の類似案件のフォーマットを使っていいのか、それとも全く新しい切り口を求めているのか。
部下は迷いながらも、自分なりの解釈で時間をかけて資料を作ります。そして翌朝、提出された資料を見たマネージャーはこう言います。
「全然わかってないな。私が求めていたのはこういう見せ方じゃないんだよ。もっと根本的な課題を突かないと」
こうして部下は自信を失い、マネージャーは「やはりあいつにはセンスがない」と嘆くことになります。これは、仕事の渡し方が曖昧なために発生する、典型的なすれ違いです。
誰もが迷わず動ける「再現性のある仕事の渡し方」
では、部下のセンスに依存せず、確実に意図した結果を出してもらうためには、どのように仕事を渡せばよいのでしょうか。ポイントは、業務の解像度を極限まで上げ、以下の3つのステップを踏んで伝えることです。
1. 目的と背景を共有する
まず、なぜその仕事が必要なのか、その仕事が組織の目標やお客様の利益にどうつながっているのかを必ず伝えます。先の例で言えば、「明日の商談は、他社からの乗り換えを検討してもらうための重要なフェーズだ。だから、単なる商品説明ではなく、現状のシステムを使い続けるリスクを提示する提案書が必要なんだ」といった具合です。目的が明確になれば、部下は自分で考えるための基準を持つことができます。
2. 行動レベルまで具体化する
「いい感じに」「しっかり」といった抽象的な形容詞を排除し、具体的な行動や数値で指示を出します。
「提案書はパワーポイントで5枚以内。構成は、現状の課題、他社事例、弊社サービスの導入メリット、費用の4項目。過去の△△社の提案書が参考になるから、それをベースに数字だけ最新のものに差し替えて作ってほしい」
ここまで具体化されていれば、誰が作業しても大きなブレは生じません。
3. アウトプットのイメージと途中確認のタイミングをすり合わせる
最初から完璧なものを求めず、早い段階で軌道修正できる仕組みを作ります。
「まずは今日の夕方までに、各スライドのタイトルと箇条書きの構成案だけを見せてほしい。そこで方向性が合っているか確認してから、本格的な作り込みに入ろう」
このように仕事を細かく切り分けて渡すことで、手戻りの時間を大幅に削減でき、結果として部下の成功体験にもつながります。
渡して終わりではない。対話を通じて「個」に寄り添う
ここまで「仕事の渡し方」についてお話ししてきましたが、いくら的確な指示を出しても、それだけで人が育つわけではありません。本当に強い営業組織を作るためには、仕事を渡した後のフォローアップが極めて重要になります。
多くの営業現場では、マネージャー自身も自分の売上目標を持っており、プレイング業務で多忙を極めています。その結果、一人ひとりの部下に深く向き合う時間と余裕がないという深刻な悩みを抱えています 。どうしても、数字の進捗確認だけを手短に済ませる場当たり的な指導になりがちです。
しかし、画一的な指導や、頻度の少ない業務連絡のような面談だけでは、人は本当の意味で成長することはできません 。日々の業務の中で、部下がどこでつまづいているのか、何に不安を感じているのかを把握し、徹底的に「個」に寄り添う姿勢が求められます 。
そのための有効な手段が、定期的な「1on1」の実施です。
1on1は、単なる業務報告の場ではありません。部下が直面している課題を一緒に解きほぐし、彼ら自身の口から解決策を引き出すための対話の時間です。
例えば、「先週お願いしたあの業務、少し時間がかかっていたようだけど、どの部分で一番悩んだ?」と問いかけます。大切なのは、上司が答えをすぐに教えるのではなく、部下自身に思考させることです。
ただし、社内の人間関係の中では、評価を気にしてなかなか弱音や本当の悩みを打ち明けられないという側面もあります 。失敗を責められるのではないかという不安から、表面的な報告で取り繕ってしまうことも少なくありません。 だからこそ、マネージャーは「ここは評価の場ではない。あなたが働きやすくなるための時間だ」という心理的安全性を担保した上で対話に臨む必要があります。部下の言葉に耳を傾け、日々の小さな変化や成長を見逃さずにフィードバックを行うこと。この積み重ねが、部下の主体性を引き出し、自ら考えて行動できる人材を育てるのです。
おわりに
「センスがない」と嘆くのは簡単です。しかし、その言葉を飲み込み、「自分の伝え方に改善の余地はないか」「部下が迷わず動ける環境を作れているか」と自問自答することが、組織を変える大きな転換点になります。
業務を具体的に分解して渡す技術と、1on1を通じて個人の課題に向き合う対話の技術。この両輪が機能して初めて、人に依存しない強い営業組織が形作られていきます。
とはいえ、社内のリソースだけでこれらを一から構築し、多忙なマネージャーに高度な対話スキルを身につけさせるのは、決して簡単なことではありません。自社内での解決に限界を感じた際は、客観的な視点を持つ外部の専門家の知見を取り入れることも、有効な選択肢の一つです。
貴社の営業組織が、個人の感覚に頼るフェーズから抜け出し、チーム全体で確実な成果を出し続ける組織へと進化していくことを心より応援しております。現状の営業体制や人材育成について、少しでもモヤモヤとしたお悩みがございましたら、いつでもお気軽にご相談ください。一緒に最適な解決策を探っていきましょう。
