「なぜ、うちの営業チームは思うように数字が伸びないのだろうか」 「彼には期待して任せたのに、なぜ成果が出ないのか」
もし、あなたが経営者や営業責任者としてこのような悩みを抱えているなら、一度立ち止まって考えてみる必要があります。それは、社員の能力不足や努力不足ではなく、マネジメント側による「配置」や「指導アプローチ」のズレが原因である可能性が高いからです。
営業組織において、全員に同じやり方を強要したり、一律の研修を行ったりしても、期待するような効果は得られません。なぜなら、メンバー一人ひとりの現在の状態は異なるからです。
組織全体のパフォーマンスを最大化するためには、個々のメンバーの状態を正確に把握し、それぞれに最適なアプローチをとることが求められます。そのために非常に有効なフレームワークが「Will/Canマトリクス」です。
本稿では、このマトリクスを用いて、どのように自社の営業組織を見直し、個人の力を引き出していけばよいのか、その具体的な手法について解説します。
1. 営業現場で起きている「ボタンの掛け違い」
多くの企業でよく見られる光景があります。
やる気はあるけれどスキルが伴わない新人に対して、「とにかく件数をこなせ」と放置してしまう。あるいは、実績はあるけれどモチベーションが低下しているベテランに対して、「もっと上を目指せ」と数字のプレッシャーだけをかけてしまう。
これらはすべて、相手の状態を見誤ったコミュニケーションです。
営業とは、単に商品を売るだけの仕事ではありません。顧客との関係構築、課題発見、提案、クロージングと、多岐にわたるプロセスがあります。それを遂行するためには、スキル(能力)とマインド(意欲)の両輪が必要です。
しかし、マネジメント側が「営業とはこうあるべきだ」という固定観念に縛られていると、部下の現状が見えなくなります。その結果、適切なサポートができず、優秀な人材が潰れてしまったり、成長の機会を逃したりすることになります。
ここで重要になるのが、「Will(意思・意欲)」と「Can(能力・スキル)」の2軸でメンバーを分類し、客観的に状態を捉えることです。
2. Will/Canマトリクスとは何か
Will/Canマトリクスとは、縦軸に「Will(やる気・モチベーション)」、横軸に「Can(能力・実務スキル)」を取り、組織のメンバーを4つの象限に分類して考える手法です。
- 【右 上】Will高 × Can高:自走できるエース
- 【左 上】Will高 × Can低:ポテンシャル人材・新人
- 【右 下】Will低 × Can高:くすぶっている実力者
- 【左 下】Will低 × Can低:要改善・再生対象
この4つのどこに部下が位置しているかによって、かけるべき言葉も、与えるべき仕事も、評価のポイントもまったく異なります。それぞれの特徴と、とるべきマネジメント手法を詳しく見ていきましょう。
3. 4つのタイプ別・最適マネジメント手法
① 【Will高 × Can高】自走できるエース 組織の稼ぎ頭であり、リーダー候補でもある層です。彼らは自分で考え、行動し、成果を出す力を持っています。
- 陥りやすいミス: 細かく管理しすぎることです。「報告が遅い」「やり方が違う」とマイクロマネジメントを行うと、彼らのやる気を削いでしまいます。
- 正しい接し方: 「権限委譲」と「称賛」です。目標と期限だけを共有し、プロセスは彼らに任せましょう。そして、出した成果に対しては正当に評価し、承認することで、彼らのモチベーションはさらに高まります。彼らには、自分のやり方で成果を出せる環境を用意することが、最大のパフォーマンスを引き出す要因となります。
② 【Will高 × Can低】ポテンシャル人材・新人 やる気はあるけれど、まだ実力が追いついていない層です。新入社員や、異動してきたばかりの社員がここに当てはまります。
- 陥りやすいミス: 「やる気があるから大丈夫だろう」と放置することです。彼らは「どうすればいいか」が分かっていません。空回りした結果、成果が出ずに自信を喪失し、Willまで下がってしまうリスクがあります。
- 正しい接し方: 「ティーチング」と「具体的な指示」です。業務のプロセスを分解し、一つひとつ丁寧に教える必要があります。「まずはこのトークスクリプト通りに話してみよう」「次はヒアリング項目を全部埋めてみよう」といった具合に、小さな成功体験を積ませることが重要です。彼らに必要なのは自由ではなく、迷わずに走れるレールです。
③ 【Will低 × Can高】くすぶっている実力者 能力はあるのに、何らかの理由でやる気を失っている層です。実は、組織にとって最も扱いが難しく、かつ重要なのがこの層です。彼らが覚醒すれば組織力は一気に上がりますが、放置すれば周囲に悪影響を及ぼす評論家になりかねません。
- 陥りやすいミス: スキルアップ研修に参加させたり、単に「頑張れ」と励ましたりすることです。彼らに足りないのは能力ではありません。
- 正しい接し方: 「動機付け」と「対話」です。なぜやる気が下がっているのか、その原因を探る必要があります。「評価に不満があるのか」「仕事に飽きているのか」「家庭の事情があるのか」。ここでこそ、1on1ミーティングが威力を発揮します。業務連絡ではなく、彼らのキャリア観や価値観に深く踏み込んだ対話を行い、仕事の意味づけを再定義することが求められます。
④ 【Will低 × Can低】要改善・再生対象 やる気も能力も不足している層です。
- 陥りやすいミス: 腫れ物に触るように扱うか、あるいは最初からあきらめてしまうことです。
- 正しい接し方: 「現状の直視」と「期限付きの目標設定」です。まずは期待値と現状のギャップを明確に伝えます。その上で、小さな目標を設定し、徹底的に寄り添ってCan(能力)を引き上げるか、あるいは業務内容そのものが適正に合っていない可能性を考え、配置転換を検討する必要もあります。
4. マネージャーの「思い込み」を捨てる
このマトリクスを活用する上で最も邪魔になるのが、マネージャー自身の「過去の成功体験」や「思い込み」です。
「営業なら、数字への執着心があって当たり前だ」 「教えてもらう前に、自分で盗むのが基本だ」
こうした考え方は、かつては通用したかもしれません。しかし、多様な価値観を持つ現代の営業組織においては、機能不全を起こす要因となります。
例えば、「Will高 × Can低」の若手に対して、「俺の若い頃はもっと自分で考えた」と言っても、彼らは路頭に迷うだけです。逆に、「Will低 × Can高」のベテランに「基本動作を徹底しろ」と言えば、彼らのプライドを傷つけ、退職リスクを高めるだけでしょう。
経営者やリーダーに求められるのは、自分の物差しで部下を測ることではありません。客観的な視点(マトリクス)を持って部下の現状を分析し、カメレオンのように自身のアプローチを変化させる柔軟性です。
5. 1on1ミーティングの重要性
ここまで分類の話をしてきましたが、実際に部下がどの象限にいるのかを判断するのは簡単ではありません。外見上はやる気があるように見せかけている「仮面Will高」もいれば、自信がないだけで実は能力が高い「隠れCan高」もいます。
正確な位置を把握し、適切なアプローチを行うためには、日々のコミュニケーションの質を変える必要があります。そこで推奨したいのが、定期的な1on1ミーティングです。
これは、進捗確認や数字の詰めを行う場ではありません。部下が今、何に悩み、何にやりがいを感じ、どのような将来像を描いているのかを共有する時間です。
特に「Will」の部分は、目に見えにくいものです。 「最近、仕事をしていて楽しいと感じる瞬間はいつか?」 「今の業務で、障壁になっていることは何か?」
こうした問いかけを通じて、部下の内面にある「Will」の源泉を探り当ててください。それが見えれば、今の彼らに必要なのが「具体的なスキル指導」なのか、それとも「任せて見守ること」なのか、あるいは「役割の意味づけ」なのかが自ずと見えてくるはずです。
6. 組織としての「仕組み」へ昇華させる
個々のマネージャーがWill/Canマトリクスを意識することは大切ですが、それだけでは組織全体の力は安定しません。属人的なマネジメントスキルに依存してしまうからです。
会社全体として、以下のような仕組みを整えることが、営業力強化の土台となります。
- 共通言語化: 社内で「彼は今、Will高・Can低の状態だから、ティーチングが必要だ」といった会話が自然に出るように、このマトリクスを共通言語にする。
- 配置の最適化: 定期的に全社員をマトリクスにプロットし、チーム編成を見直す。例えば、新人が多いチームには教えるのが上手いマネージャーを、くすぶっているベテランが多いチームにはコーチングが得意なマネージャーを配置する。
- 評価制度との連動: 結果(数字)だけでなく、Can(能力向上)やWill(意欲・姿勢)のプロセスも評価軸に組み込むことで、納得感を高める。
営業組織の強さは、スタープレイヤーが一人いることではありません。メンバー全員が、それぞれの持ち場で適材適所に配置され、自分の役割を全うできる状態にあることです。
7. 変化し続ける組織であるために
人の「Will」と「Can」は固定されたものではありません。 新人は成長してエースになり(Can向上)、エースもマンネリ化して意欲が落ちる(Will低下)ことがあります。また、プライベートの変化や市場環境の変化によっても、立ち位置は刻一刻と変わります。
だからこそ、一度分類して終わりではなく、常に観測し続ける必要があります。
「最近、彼の様子が少し違うな」 「彼女には、そろそろ次のステップを任せてもいいかもしれない」
こうした微細な変化に気づくことができるのは、現場を預かるリーダーだけです。そして、その変化に合わせて柔軟に組織の形を変えていける企業こそが、長く安定した成長を実現できるのです。
もし今、あなたの組織が停滞感を感じているのなら、それは「人」が悪いのではなく、「配置」と「関わり方」が噛み合っていないだけかもしれません。
まずは、目の前の部下をWill/Canの4つの象限に当てはめてみてください。そこから、今まで見えていなかった解決の糸口が必ず見つかるはずです。
営業は、人がすべてです。 一人ひとりが仕事に熱中し、成長を実感できる環境さえ整えば、数字は後から必ずついてきます。貴社の営業組織が、個性を活かし合い、有機的に機能する最強のチームへと生まれ変わることを願っています。
しかし、社内のリソースだけで客観的に全社員を分析し、最適な仕組みを構築するのは容易ではありません。第三者の視点を取り入れ、科学的なアプローチで組織の現状を「見える化」することが、次なるステージへの近道となる場合もあります。
私たちは、貴社の営業組織が持つポテンシャルを最大限に引き出すためのパートナーとして、いつでもお話しさせて頂きます。
まずは貴社の主要な営業メンバー数名を思い浮かべ、紙の上で「Will/Canマトリクス」に配置してみてください。もし配置に迷うメンバーや、現状のアプローチと合致していないメンバーが一人でもいれば、それは組織改善の大きなチャンスです。より詳細な分析手法や、具体的な育成プランの策定についてご希望であれば、ぜひ一度お問い合わせください。
