「感覚」という言葉に逃げない組織づくり。「俺の背中を見て覚えろ」が通用しない時代の言語化マネジメント

かつて、日本の多くの営業組織では「先輩の背中を見て覚える」というスタイルが主流でした。同行訪問を繰り返し、先輩の話し方や間の取り方を盗み、自分なりのやり方を模索する。そうして育った猛者たちが、現在の経営層やマネジメント層を担っているケースは少なくありません。

しかし、断言します。現代のビジネス環境において、この育成手法はもはや機能しません。

市場の変化スピードは加速し、顧客の購買行動は複雑化しています。また、働く個人の価値観も多様化しており、「黙ってついてこい」という指導スタイルは、若手社員の離職やモチベーション低下を招くだけです。今、経営者や営業責任者に求められているのは、個人の「センス」や「勘」に依存した営業からの脱却であり、誰が実行しても一定の成果が出せる「再現性」のある組織を作ることです。

そのために最も重要な要素が、営業プロセスの「言語化」です。

なぜ「センス」という言葉が組織を弱くするのか

営業会議で、このような会話がなされていないでしょうか。 「あいつは営業センスがあるから放っておいても売れる」 「あの新人はセンスがないから、もう少し経験が必要だ」

「センス」という言葉は非常に便利です。しかし、経営やマネジメントにおいてこれほど危険な言葉はありません。なぜなら、「センス」と言った瞬間に思考停止が起き、それ以上の分析や改善が行われなくなるからです。

成果が出ている理由を「センス」で片付けてしまうと、そのノウハウは個人の頭の中だけにブラックボックス化されて残ります。逆に、成果が出ない理由を「センスがない」としてしまうと、具体的な改善策が見えなくなり、精神論的な指導に終始することになります。

組織として安定した成果を出し続けるためには、このブラックボックスを開き、中身を分解し、誰もが理解できる言葉にする必要があります。「なんとなく上手くいった」を許さず、「なぜ上手くいったのか」を論理的に説明できる状態を目指さなければなりません。

営業を「科学」するための分解と再構築

では、具体的にどのように言語化を進めればよいのでしょうか。 まず取り組むべきは、営業活動を細分化されたプロセスとして捉えることです。「商談」という大きな塊で見るのではなく、「アプローチ」「ヒアリング」「提案」「クロージング」といったフェーズに分け、さらに各フェーズでの具体的な行動や思考を言葉にしていきます。

例えば、「顧客のニーズを汲み取る」という行動があります。これを「センス」ではなく論理的な行動として定義する場合、以下のように分解できます。

  • 事前準備: 顧客の業界ニュースやIR情報を確認し、仮説を3つ用意する。
  • 質問の順序: まず現状の課題を聞き(現状質問)、その課題が解決されない場合の影響を聞く(示唆質問)。
  • 相槌と沈黙: 相手が話し終えてから3秒待って話し始めることで、さらなる発言を促す。

このように、具体的な行動レベルまで落とし込むことで、初めて他者への伝達が可能になります。「もっと相手の立場になれ」という抽象的な指示ではなく、「相手が話し終えたら3秒数えてから口を開こう」という具体的な指示であれば、誰でも実行可能です。

この「行動の定義」こそが、組織全体のベースアップにつながる共通の道具となります。トップセールスだけが持っていた「無意識の技」を、組織全体の「標準装備」に変える作業と言えるでしょう。

1on1を「詰め」の場から「言語化」の場へ変える

こうした言語化を推進し、組織に浸透させるために極めて有効な手段が「1on1ミーティング」です。しかし、多くの企業で行われている1on1は、単なる進捗確認や、数字の未達を詰める場になってしまっています。これでは育成にはつながりません。

本来の1on1は、メンバーの思考を整理し、行動の質を高めるための時間です。マネージャーは「なぜその行動をとったのか?」「なぜその提案が刺さったと思うか?」と問いかけ、メンバー自身の口から成功や失敗の要因を語らせる必要があります。

特に重要なのは、マネージャーが「答え」を教えるのではなく、メンバーに「考えさせる」ことです。

「あのお客様には、もっと強く押すべきだった」と指導するのではなく、「あの場面で、お客様が迷っていた理由はなんだと思う?」と問いかけます。メンバーが「予算への懸念があったのかもしれません」と答えれば、「では、予算への懸念を払拭するために、どのような情報があればよかっただろうか?」とさらに深掘りします。

この対話のプロセスこそが、メンバーの中に独自の「営業ロジック」を構築させます。上司の指示通りに動くロボットではなく、自ら状況を判断し、適切な手を打てる自律的な営業パーソンを育てるのです。

また、1on1はマネージャーにとっても学びの場です。優秀なメンバーが成果を出したとき、1on1を通じてその要因を詳しく聞き出すことで、新たな成功パターンを発見できるかもしれません。それを組織全体のナレッジとして共有すれば、個人の成功が組織の資産へと変わります。

「属人化」から「標準化」へ、そして「個性」へ

営業の標準化やマニュアル化というと、「金太郎飴のような画一的な営業マンを作るのか」という反論が聞こえてきそうです。しかし、それは誤解です。

守るべき基本動作(型)があるからこそ、その上に個性を乗せることができます。歌舞伎や武道における「守破離」の考え方と同じです。基本となる「型」が定まっていない状態で個性を出そうとしても、それは単なる「我流」であり、再現性がありません。

組織として「売れるための基本ロジック」を共有した上で、各メンバーが自分の強み(キャラクターや得意な業界知識など)を活かす。これこそが、最強の営業組織の姿です。

基本ロジックが言語化されていれば、新しく入ってきた社員の立ち上がりスピードも劇的に向上します。中途採用で即戦力を期待したのに、自社のスタイルに馴染めず成果が出ない、というミスマッチも防げるでしょう。組織としての「勝ち筋」が明確であれば、採用すべき人材像もよりシャープになります。

経営者が示すべき姿勢

営業の言語化と仕組み作りは、現場のマネージャー任せにしていても進みません。現場は日々の数字を追うことに精一杯で、中長期的な仕組み作りには手が回りにくいからです。

だからこそ、経営者が「我が社は、感覚的な営業から脱却し、論理とデータに基づいた営業組織を作る」という強い意志を示す必要があります。

「気合と根性で売ってこい」と檄を飛ばすのではなく、「なぜ売れたのか、その理屈を組織で共有せよ」と指示を出す。評価制度においても、単に売上の多寡だけでなく、成功事例を言語化しチームに共有した貢献度を評価する仕組みを整えることが大切です。

組織の未来を作るための投資

営業活動の言語化に取り組むことは、一朝一夕に終わる簡単な作業ではありません。日々の業務プロセスを見直し、泥臭い振り返りを繰り返す必要があります。しかし、その労力は確実に組織の資産として積み上がります。

特定のスタープレイヤーに依存する組織は脆いものです。その人物が辞めれば、売上もノウハウも消えてなくなります。一方で、勝ちパターンが言語化され、仕組みとして定着している組織は強い。人が入れ替わっても、組織としてのパフォーマンスは維持され、成長し続けることができます。

今、目の前の売上を追うと同時に、未来の組織のあり方を見据えてください。「見て覚えろ」の時代に決別し、言葉と論理で人を育てる組織へと変革する。その決断ができるのは、経営者であるあなただけです。

まずは、社内で飛び交う「センス」や「感覚」という言葉に耳を傾けてみてください。そして、「具体的にはどういうこと?」と問い直すことから始めてみてはいかがでしょうか。その小さな問いかけの積み重ねが、強固な営業組織を築くための最初の一手となるはずです。

自社の営業組織において「言語化できていない部分」や「育成のボトルネック」にお気づきになりましたでしょうか。もし、客観的な視点で現状のプロセスを分析したい、あるいは具体的な言語化の手法について詳しく知りたいとお考えであれば、ぜひ一度お話しさせてください。貴社の課題に合わせた最適なアプローチをご提案いたします。