ここ数年、多くの企業で「営業DX」という言葉が飛び交っています。SFA(営業支援システム)やCRM(顧客関係管理)などのツールを導入し、営業活動をデジタル化することで、効率を上げようという動きです。
しかし、経営者や営業責任者の方々から、こうした声を耳にすることが増えました。 「高額なツールを入れたのに、現場が入力してくれない」 「データは溜まっているが、売上アップにつながっている気がしない」 「結局、以前と同じようにエース社員の力に頼りきっている」
なぜ、多くの投資をしたにもかかわらず、期待した成果が得られないのでしょうか。それは、ツールを導入するタイミングと順序に誤りがあるケースがほとんどです。
今回は、営業DXの失敗事例から学び、ツールを入れる前に必ずやっておくべき「プロセスの整地」についてお話しします。
ツールは「魔法の杖」ではなく「拡声器」である
まず、認識を合わせるべき前提があります。それは「デジタルツールは、既存の業務プロセスを加速させる・増幅させるものであり、プロセスそのものを良くするものではない」という点です。
例えば、整理整頓されていない倉庫に、最新の自動搬送ロボットを導入したらどうなるでしょうか。ロボットは障害物にぶつかり、間違った荷物を運び、混乱は加速します。これと同じことが、多くの営業組織で起きています。
営業プロセスが曖昧で、誰がいつ何をしているかが不明確な状態でツールを導入すると、現場の混乱をデジタル化することになります。入力項目が多すぎて営業活動の時間を圧迫したり、入力されるデータの定義がバラバラで分析に使えなかったりするのは、ツールのせいではなく、運用に乗せるための「土台」が整っていないことが原因です。
この土台作りこそが、「プロセスの整地」です。
「プロセスの整地」とは何か
プロセスの整地とは、営業活動における「言葉の定義」と「行動の基準」を揃える作業のことです。
例えば、「見込み客(リード)」という言葉一つをとっても、認識がズレていることはよくあります。ある営業担当者は「名刺交換をしただけの人」を見込み客と呼び、別の担当者は「具体的な課題ヒアリングができた人」を見込み客と呼ぶ。 この状態でSFAに「見込み客数」を入力させても、集まった数字には何の意味もありません。Aさんの「10件」とBさんの「10件」は、まったく質の異なるものだからです。
整地を行うためには、以下の手順で現状を分解していく必要があります。
- 工程の細分化と定義 「アポ獲得」「初回訪問」「提案」「クロージング」といった大まかな流れだけでなく、それぞれのフェーズで「何ができたら次に進めるのか(完了条件)」を明確にします。例えば、「初回訪問完了」の定義を「会社案内を渡した」ではなく「顧客の予算と決裁フローを確認した」と定める、といった具合です。
- 行動の標準化 成果を出している社員が、どのタイミングでどのような質問をしているのか、どのような資料を見せているのかを洗い出します。これを個人の特殊能力として片付けるのではなく、他のメンバーでも真似できるレベルの行動に落とし込みます。
- ボトルネックの特定 プロセスが見えてくると、どこで案件が止まっているかが分かります。「提案まではいけるが、クロージングで落ちる」のか、「そもそも初回訪問のアポが取れない」のか。ここを特定せずにツールを入れても、どこを改善すべきかが見えません。
このように、アナログな状態で業務の流れをきれいに整え、無駄を削ぎ落とし、成功パターンを標準化する。その上で、その整ったプロセスを効率よく回すためにツールを導入する。これが正しい順序です。
データの裏側にある「人の心」を読み解く
プロセスを整地し、ツールを導入すればすべて解決かというと、そうではありません。ここからがマネジメントの腕の見せ所です。
DXが進むと、様々な数字が可視化されます。コール数、訪問数、提案数、成約率。しかし、画面上の数字だけを見て部下を管理しようとすると、組織は疲弊します。 「訪問数が足りないから増やせ」「成約率が悪いから頑張れ」といった指示だけでは、メンバーは「監視されている」と感じ、仕事を楽しむ余裕を失います。最悪の場合、叱責を避けるために適当な数字を入力するようになり、データそのものの信頼性が崩壊します。
ここで重要になるのが、「1on1(ワンオンワン)」などの対話の場です。
数字はあくまで「結果」です。その結果に至るまでには、担当者なりの思考や迷い、あるいは顧客との微細なやり取りといった「行動と心理」が存在します。 マネージャーの役割は、ツール上の数字を突きつけることではなく、その数字の背景にあるストーリーを聴き出すことです。
「この案件、提案フェーズで止まっている期間が長いけれど、お客様の反応で何か引っかかっていることはある?」 「アポ率はすごくいいね。電話のときにどんな工夫をしているの?」
このように、データをきっかけにして対話を深めることで、メンバーは「自分の行動を見てくれている」「困っているポイントを一緒に考えてくれる」と感じます。これが、仕事への納得感や成長実感につながります。
ツールは「何が起きているか(What)」を教えてくれますが、「なぜ起きているか(Why)」までは教えてくれません。Whyを解明し、メンバーの成長につなげるのは、やはり人と人とのコミュニケーションなのです。
属人化を排除するのではなく、個性を活かすための仕組み
よく「営業の属人化を解消する」と言われますが、これは「全員を金太郎飴のように同じにする」という意味ではありません。基本的な型(プロセス)は守りつつ、その上でお客様への気遣いや、その人らしい提案の切り口といった「個性」を発揮できる状態を目指すべきです。
プロセスが整地されていない組織では、営業担当者は「どうやって進めればいいか」という基本的な手順に悩み、時間を取られます。これでは個性を発揮する余裕がありません。 逆に、プロセスが明確で、事務作業などの負担が仕組みによって軽減されていれば、担当者は本来注力すべき「顧客との対話」や「創造的な提案」にエネルギーを使えます。
つまり、プロセスを整え、仕組み化することは、社員を型にはめることではなく、社員が迷わずに走り、それぞれの持ち味を最大限に発揮できるフィールドを用意することなのです。
まずは小さなPDCAから
いきなり全社のプロセスを完璧に作り変えようとすると、現場の反発を招きます。まずは特定のチームや、特定の商品において、現状のプロセスをホワイトボードに書き出すことから始めてみてください。
- 今の営業フローに無駄はないか?
- 「Aランク顧客」の定義は全員揃っているか?
- マネージャーとメンバーの1on1で、数字の詰めではなく、行動の改善に向けた会話ができているか?
高価なツールを導入する前に、紙とペンと対話でできることは山ほどあります。 自分たちの営業活動を客観的に見つめ直し、整理する。この地道な「整地」作業こそが、将来的に強い営業組織を作るための、最も確実な近道です。
もし、自社だけで現状のプロセスを客観視するのが難しい、あるいはどこから手をつけていいか分からないと感じられた場合は、一度外部の視点を入れてみるのも一つの手です。絡まった糸をほぐすように、現状を整理するお手伝いができるはずです。
現状の営業プロセスや組織の課題を整理したいとお考えでしたら、ぜひ一度弊社にご相談ください。貴社の状況に合わせた「整地」の進め方をご提案いたします。
