「もっと元気よく、自信を持って話せ」 「あいつ(トップセールス)のやり方を真似しろ」
営業成績に伸び悩む社員に対し、このようなアドバイスをしてしまった経験はないでしょうか。 経営者や営業責任者として、部下の背中を押したい一心で発したその言葉が、実は彼らのパフォーマンスを下げ、ときにはメンタル不調の原因になっているとしたらどうでしょう。
営業現場において、個人の性格や資質と、求められる振る舞いのギャップに苦しむ社員は少なくありません。特に、真面目で誠実なタイプほど、「自分を変えなければならない」というプレッシャーに押しつぶされそうになっています。
そこで今回提案したいのが、営業を「役者」として捉え直すというアプローチです。 これは、社員に嘘をつかせるということではありません。個性を活かした適切な「キャラクター設定」を行い、仕事という舞台の上でその役を演じ切る。この発想の転換が、個人のストレスを減らし、組織全体のパフォーマンスを底上げするきっかけになります。
「ありのまま」と「無理な模倣」の間にある解
近年、「ありのままの自分」を大切にする風潮がありますが、ビジネスの最前線、特に他者との交渉が主となる営業において、素の自分のままで常に高い成果を出し続けるのは至難の業です。感情の起伏もありますし、相性の悪い顧客もいます。
一方で、性格の合わないトップセールスのスタイルを無理やり模倣させるのも危険です。内向的で分析が得意な人間に、勢いと情熱で押すタイプの営業を強要しても、ボロが出るか、本人が疲弊して終わります。
ここで有効なのが「ビジネス用の人格=キャラ設定」を持つことです。 「営業をしている時の自分は、こういうキャラクターである」と定義することで、素の自分と仕事上の自分を健全に切り離すことができます。
例えば、普段は口数が少ない冷静なタイプであれば、「徹底的に顧客の話を聞き、データで解決策を示すコンサルタント役」を演じる。 人当たりは良いがクロージングが弱いタイプであれば、「顧客の背中を優しく、しかし力強く押すパートナー役」という設定を持つ。
このように、本人の持ち味(個性)をベースにしつつ、少しだけ演出を加えた「役」を与えることで、社員は迷いなく行動できるようになります。制服を着ると気分が切り替わるように、「役」に入ることでスイッチが入り、堂々と振る舞えるようになるのです。
メンタルを守り、再現性を高める「演技」の力
営業活動において「役を演じる」ことには、大きく二つのメリットがあります。
一つ目は、精神的な防波堤になることです。 営業には断りやクレームがつきものです。素の自分で勝負していると、顧客からの拒絶を「自分の全人格への否定」と受け取ってしまい、深く傷つくことがあります。 しかし、「今は営業担当という役を演じている」という認識があれば、断られたのはあくまで「提案」や「その時の演技」であり、自分自身ではないと受け流すことができます。この心理的な安全装置があることで、失敗を恐れずに次の一歩を踏み出せるようになります。
二つ目は、パフォーマンスの安定です。 人の気分は日によって変わりますが、プロの役者が舞台上で「今日は気分が乗らないのでセリフを変える」ことがないように、自分の中で設定したキャラクターを守ることで、品質のばらつきを抑えることができます。 「この役なら、こういう場面ではこう返す」という基準が自分の中にできるため、想定外の事態にも落ち着いて対応できるようになるのです。
マネージャーの役割は「監督」と「脚本家」
では、どのようにして社員に適切な「役」を与えればよいのでしょうか。ここで重要になるのが、マネージャーや経営者の関わり方です。
まず必要なのは、部下一人ひとりの個性を深く理解することです。 ここで推奨したいのが、定期的な1on1ミーティングです。ただし、単なる業務進捗の確認で終わらせてはいけません。 「君が得意な勝ちパターンはどこにあるか」「どういう商談のときにストレスを感じ、逆にどういうときに楽しさを感じるか」といった対話を通じて、本人の資質を見極める場にするのです。
マネージャーは、部下という役者の個性を引き出す「監督」にならなければなりません。 「君は分析力があるから、あえてゆっくり話す『沈着冷静な専門家』というキャラでいってみよう」 「君の親しみやすさを活かして、顧客の懐に飛び込む『聞き上手な相談役』を演じてみよう」
このように、本人が無理なく演じられ、かつ顧客に価値を提供できるキャラクターを一緒に作り上げていくプロセスこそが、真の「人材育成」と言えます。
さらに、役者が輝くためには、しっかりとした「脚本」も必要です。 これは営業組織における**「プロセスの標準化」や「仕組み」**を指します。 どれだけ名優でも、脚本がなくアドリブだけで2時間の舞台を成立させることはできません。同様に、営業個人の能力に頼り切り、行き当たりばったりの営業活動をさせていては、組織としての成果は安定しません。
・どのような順序で商談を進めるのか ・顧客の課題をどうヒアリングするのか ・クロージングのタイミングはいつか
こうした勝ち筋となる「脚本(仕組み)」が組織に用意されて初めて、社員はその上で自分の「役」を最大限に発揮できるのです。仕組みがあるからこそ、個性が活きる。この順序を間違えてはいけません。
「個人の芸」から「劇団の力」へ
トップセールス個人の力で売上を作る「個人商店」のような組織には限界があります。そのエースが抜ければ、組織は一気に弱体化してしまうからです。 目指すべきは、それぞれが自分の持ち味を活かした「役」を持ち、組織全体として一つの質の高い舞台を作り上げる「劇団」のようなチームです。
主役級の華やかな営業もいれば、堅実に脇を固める営業もいる。それぞれのキャラクターが噛み合い、組織として共有された脚本(プロセス)の上で動くとき、営業組織は特定の個人に依存しない強さを手に入れます。
もし今、御社の営業組織が「誰か一人の頑張り」に依存していたり、社員が「自分には営業が向いていない」と自信を失っていたりするなら、一度「演出」の視点を取り入れてみてはいかがでしょうか。
社員一人ひとりの個性を無視して型にはめるのではなく、かといって放任するのでもなく、彼らが最も輝ける「役」と「舞台」を用意する。 それこそが、人が育ち、長く安定して成果を出し続ける組織を作るための、確かな道筋となるはずです。
私たちは、そうした「人が活きる仕組みづくり」こそが、企業の成長エンジンになると信じています。社員が自分の役を楽しみ、生き生きと演じられる組織を、一緒に作っていきませんか。
