はじめに
「〇〇さんが、また大きな契約を獲得しました!」
オフィスにこんな声が響くと、一気に活気づきますよね。大きな成果を上げた営業担当者は、まさにチームのヒーロー。称賛と注目を一身に集め、本人も大きな達成感に包まれていることでしょう。その素晴らしい成果は、もちろん心から祝福されるべきです。
しかし、少し立ち止まって考えてみましょう。その大きな契約という「ゴール」は、本当にゴールを決めた一人の力だけで生まれたものなのでしょうか。
もし、組織の評価や称賛が「契約を取ってきた人」だけに集中しているとしたら、それはチームの成長にとって、見えないブレーキになっているかもしれません。今回は、個人の成果をチーム全体の力へとつなげるための考え方について、一緒に探っていきたいと思います。
営業活動は、まるでサッカーのチームプレー
営業のプロセスを、サッカーの試合に例えてみると非常に分かりやすいです。
華麗なシュートを決めてゴールネットを揺らしたストライカー(フィールドセールス/FS)は、間違いなく試合の主役です。観客は沸き、スコアボードには彼の名前が刻まれるかもしれません。
しかし、そのゴールシーンを巻き戻してみましょう。
- 中盤で相手からボールを奪い、絶妙なパスを出したミッドフィルダーがいました。
- そのパスを受けるために、最適なポジションへ走り込んだ選手がいました。
- 相手の攻撃を体を張って防ぎ、失点をゼロに抑えたディフェンダーやゴールキーパーがいました。
- そして、選手一人ひとりの特徴を理解し、勝つための戦略を立てた監督がベンチにいました。
ストライカーの得点は、これら全てのプレーが繋がった結果です。もし、パスを出すミッドフィルダーがいなければ、シュートチャンスは生まれなかったでしょう。もし、ディフェンダーが失点を重ねていれば、1点のゴールでは試合に勝てなかったかもしれません。
営業活動も全く同じです。
お客様との最終的な合意形成を担うフィールドセールス(FS)がストライカーだとすれば、その前段には、数多くのチームメンバーの貢献が隠されています。
- マーケティング担当者: Webサイトや広告、セミナーなどを通じて、お客様との最初の接点を作り出しました。
- インサイドセールス/SDR: 電話やメールで丁寧なヒアリングを行い、お客様の課題を明確にして、商談の機会を設定しました。
- 営業アシスタント: 提案資料の作成を手伝ったり、スケジュール調整を円滑に進めたりして、営業担当者が目の前のお客様に集中できる環境を整えました。
- 開発・技術担当者: お客様の専門的な質問に答えたり、製品やサービスそのものの価値を高めたりしてきました。
契約というゴールは、決して一人の営業担当者の手柄ではなく、こうした多くのメンバーによるパスが繋がった、チーム全体の成果なのです。
「エース頼り」の組織が抱える、見過ごせないリスク
「それでも、最終的に決めてくるエースはやっぱりすごいじゃないか」 もちろん、その通りです。プレッシャーのかかる最終局面で成果を出せる能力は、非常に貴重で、尊敬されるべきスキルです。
問題なのは、組織全体がその「エースの個人技」に頼りきってしまうことです。エースだけが称賛される文化は、長期的には3つの大きなリスクを生み出します。
1. 他のメンバーのモチベーション低下 自分の仕事が最終的なゴールにどう繋がっているのかが見えなければ、人はやりがいを感じにくくなります。「どうせ評価されるのは、契約を取ってくる営業だけでしょ…」。そんな空気が蔓延すると、マーケティング担当者は「ただリードを増やすだけ」、インサイドセールスは「ただアポを獲るだけ」といったように、仕事が部分的な作業になりがちです。チームへの貢献意欲が薄れ、組織全体のパフォーマンスが徐々に下がっていく可能性があります。
2. スキルやノウハウが共有されない エースと呼ばれる人は、独自の成功パターンやお客様との関係構築術を持っていることが多いです。しかし、そのノウハウが本人の中に留まってしまい、チームの共有財産にならないケースは少なくありません。彼らが「見て学べ」というスタンスだったり、周りが「あの人は特別だから」と諦めてしまったりすると、チーム全体の営業力は底上げされません。
3. エースが去った時のダメージが大きい 最も大きなリスクは、そのエースが退職したり、異動したりした場合です。チームの売り上げの大部分を一人で支えていたとしたら、その人がいなくなった瞬間に、組織の売上は大きく落ち込んでしまいます。特定の個人に依存した組織は、非常にもろい状態にあると言えるのです。
チームで勝つ文化を育てるために、今日からできること
では、どうすれば個人の成果を尊重しつつ、チーム全体の力に変えていけるのでしょうか。特別なツールや制度を導入する前に、まずは意識や行動を少し変えることから始められます。
1. 「称賛の仕方」を変える 誰かが契約を獲得した時、その担当者個人を褒めるだけでなく、ぜひ「プロセス」を称賛してみてください。
「〇〇さん、契約おめでとう!今回のきっかけを作ってくれたマーケティングの△△さん、素晴らしいアポイントを設定してくれたインサイドセールスの□□さん、そしてチームみんなのサポートのおかげだね。ありがとう!」
このように、マネージャーやリーダーが意識して、関わった全員の貢献を口に出して認めることが大切です。これにより、他のメンバーは「自分の仕事が、あのゴールに繋がったんだ」と実感でき、当事者意識とモチベーションが高まります。
2. 「勝利の方程式」をチームで分析する 成功事例を、個人の手柄として終わらせるのは非常にもったいないことです。契約が取れた際には、ぜひチームで振り返る時間を設けましょう。
- お客様は、最初に何に興味を持ってくれたのか?(マーケティング)
- どんな切り口のトークが、商談に繋がったのか?(インサイドセールス)
- 提案のどの部分が、お客様の心に響いたのか?(フィールドセールス)
- どんなサポートが、営業活動をスムーズにしたのか?(アシスタント)
うまくいった一連の流れを可視化し、分析することで、エースの感覚的なノウハウが、チームで再現可能な「型」になります。これは、失敗事例を分析する時も同様です。どこでパスが途切れてしまったのかをチームで考えることで、次の一手が見えてきます。
3. 「対話」の機会を意識的に作る チームで勝つ文化を育てる上で、メンバー間の相互理解は欠かせません。そのために有効なのが、定期的な「1on1ミーティング」です。
1on1は、単なる進捗確認の場ではありません。上司と部下が1対1で向き合い、日々の業務で感じていること、困っていること、挑戦したいことなどをじっくりと話す時間です。
- 「今担当しているお客様の初期対応、実はマーケティングの〇〇さんからヒントをもらったんです」
- 「エースの△△さんが、どうやってお客様の信頼を得ているのか、具体的に知りたいです」
こうした対話を通じて、マネージャーはメンバー一人ひとりの貢献や悩みを具体的に把握できます。そして、個々の成長を後押しする的確なアドバイスが可能になります。また、成果を上げたメンバーに1on1で「どうやって成功したの?そのプロセスを、ぜひ他のメンバーにも教えてあげてほしい」と伝えることで、本人の経験をチームの資産に変えるきっかけを作ることもできます。
定期的な対話は、メンバーに「自分はちゃんと見てもらえている」という安心感を与え、チームへの貢献意欲を自然に引き出します。
まとめ
フィールドセールスが契約というゴールを決める。それは、チーム全員で繋いだパスの、見事なフィニッシュです。
称賛のスポットライトを、ゴールを決めたストライカーだけでなく、そのゴールに至るまでの全てのプレーヤーに当てること。そして、なぜゴールできたのかをチーム全員で分析し、次の試合に活かすこと。
その積み重ねが、個人の能力に依存するもろい組織を、チームとして何度でも勝利できる、強くしなやかな組織へと変えていきます。一人のスタープレイヤーの輝きを、チーム全体の「明るさ」に変えていく。それこそが、これからの時代に求められる、持続可能な成長を実現する営業組織の姿ではないでしょうか。
あなたのチームでは、誰に、そして何に、スポットライトが当たっていますか?