営業組織を率いる経営者やマネージャーの皆様におかれましては、日々の売上目標の達成と並行して、メンバーの育成に多くの時間を割かれていることと存じます。その中で、必ずと言っていいほど直面するのが「やる気はある。行動量も多い。しかし、なぜか成果に結びつかない」という部下の存在ではないでしょうか。
朝早くから出社し、誰よりも多く電話をかけ、夜遅くまで提案書の作成に没頭している。マネージャーからの指示には素直に「はい」と答え、前向きに取り組む姿勢は見せている。それにもかかわらず、月末になると目標数字に遠く及ばない。こうした「空回り」をしているメンバーに対し、どのように指導すればよいのかと頭を悩ませるケースは非常に多く見受けられます。
「もっと自分で考えて工夫しなさい」「お客様の立場になって提案を組み立てなさい」とアドバイスをしても、状況が一向に好転しない。それは決して、本人のやる気が足りないからではありません。やる気があり、前へ進もうとするエネルギーがあるからこそ、方向性を間違えたまま全力で走り続けてしまっている状態なのです。本コラムでは、こうした空回りする部下に対してどのようなアプローチを取るべきか、マネジメントの観点から紐解いていきます。
「空回り」を生み出す育成のミスマッチ
近年、マネジメントや人材育成の領域において、「相手の考えを引き出す」アプローチが強く推奨されるようになりました。上司から一方的に答えを与えるのではなく、「あなたはどう思う?」「なぜうまくいかなかったと思う?」と問いかけ、部下自身に答えを見つけさせる手法です。確かに、自律的に動ける人材を育てる上でこの対話の技術は非常に有効です。
しかし、このアプローチが万能であると誤解してしまうと、大きな落とし穴にはまります。相手の中にまだ「基礎的な知識」や「正しい行動の型」が備わっていない状態のとき、いくら問いかけても正しい答えは出てきません。営業としての基礎体力がなく、会社が定めた標準的なプロセスを理解していないメンバーに対して、「どうすればいいと思う?」と問い詰めることは、地図を持たない人に目的地へのルートを考えさせるようなものです。
結果として、本人は自分なりに一生懸命考え、見当違いの方向に努力を重ねてしまいます。これが「空回り」の正体です。メンバー間のスキルレベルに大きな差があり、効果的な育成方法が確立されていない状態では、成長にムラが生じるのは必然です 。このようなフェーズにおいて絶対的に必要なのは、相手から引き出すことではなく、上司側から明確に「教える」こと、すなわちティーチングなのです。
ティーチングが必要な3つのフェーズを見極める
では、具体的にどのような状況においてティーチングを優先すべきなのでしょうか。マネージャーは、目の前の部下が今どのフェーズにいるのかを正確に見極める必要があります。大きく分けて、以下の3つのフェーズでは徹底したティーチングが求められます。
- 新しい環境や業務に直面したフェーズ
新入社員の配属直後や、他部署からの異動直後がこれに該当します。また、既存のメンバーであっても、これまで扱ったことのない新しい商材の営業を担当する場合や、ターゲットとする顧客層が大きく変わる場合も同様です。前提となる知識がない状態ですので、会社のルール、商材の仕様、基本的な営業プロセスの流れなどを、まずは正確にインプットさせなければなりません。
- 行動量は足りているが成果が出ないフェーズ 電話営業のコール数やアポイントの獲得数は目標に達しているのに、成約に結びつかない状況です。アポイントは取れるが成約に繋がらず、機会損失が生じている場合 、プロセスのどこかに明確なボトルネックが存在します。ヒアリングが浅いのか、提案の切り口がずれているのか、クロージングのトークが弱いのか。この段階では、本人の感覚に任せるのではなく、成果を上げているチームや個人の「勝ちパターン」を特定し 、その具体的なやり方を教え込む必要があります。
- 同じミスを何度も繰り返すフェーズ
何度注意しても、提案書に同じような抜け漏れがあったり、顧客からの特定の質問に対していつも適切な回答ができなかったりするケースです。この場合、本人は「わかっているつもり」になっていますが、根本的な理解が不足しています。「なぜその作業が必要なのか」「その質問の裏にある顧客の心理は何か」といった目的や背景まで含めて、改めて順序立てて教える必要があります。
個に寄り添い、行動変容を促す「1on1」の重要性
ティーチングにおいて陥りがちな失敗は、会議室に集めて一方的に説明をして終わりにしてしまうことです。画一的な研修や頻度の少ない面談だけでは、人は本当の意味で成長できません 。教えたことを現場で実践させ、その結果を振り返り、修正していくサイクルがなければ、知識は定着しないのです。
そこで極めて重要になるのが、上司と部下が1対1で向き合う「1on1」の場です。OJT担当者によって指導内容や質が異なり、メンバーが一貫した知識・スキルを習得できない状態を防ぐためにも 、定期的な対話を通じて個人の習熟度を確認する必要があります。徹底的に「個」に寄り添い、日々の小さな変化と向き合う対話の時間を設けることが求められます 。
1on1の場では、まず「教えた通りにやってみて、どこが難しかったか」をヒアリングします。ここで重要なのは、部下が失敗や弱音を素直に話せる環境を作ることです。上司や社内の人間には、評価を気にしてなかなか本音や弱音を話せないという心理が働きがちです 。評価への不安から課題を隠したり取り繕ったりしてしまうと 、本当の悩みが共有されず、的外れな対策が続いてしまいます 。
マネージャーは評価者の顔を一旦横に置き、一人の支援者として対話に臨む姿勢が求められます。部下のつまずきポイントを正確に把握した上で、「ここはこうしてみよう」と再度ティーチングを行い、少しずつ「あなたなら次どう工夫する?」という問いかけを交ぜていく。この丁寧な往復作業によって、空回りしていたエネルギーは初めて「正しい努力」へと変換されます。
組織的な仕組みづくりと、立ちはだかる「社内の壁」
ここまで、ティーチングの重要性と1on1による個別のフォローについて述べてきました。しかし、経営者や営業責任者の皆様の中には、「頭では理解しているが、現場でそれを実行する余裕がない」と感じられる方も多いのではないでしょうか。
現実の営業組織において、マネージャー層はプレイングマネージャーとして自らも最前線で数字を追っているケースが多々あります。経営者やプレイングマネージャーが兼務し、コア業務とマネジメントのいずれにも集中できない状況に陥っています 。マネージャー側もプレイング業務で多忙を極め、一人ひとりに深く向き合う時間と余裕がないのが実情です 。その結果、部下への深い関与が物理的に困難になり 、場当たり的な指導が続いてしまうことで、根本的な成長に繋がりません 。
「やる気はあるけど空回りしている部下」を戦力化するには、マネージャー個人の頑張りや自己犠牲に依存する育成から脱却しなければなりません。営業プロセス全体の流れと各担当者の役割を解明し、属人化しているノウハウを浮き彫りにすること 。そして、誰が指導しても一定の質が担保されるような組織的な基盤を整えることが求められます。
部下が空回りしている状況は、決して本人の能力不足だけが原因ではありません。組織として「何をどこまで教えるのか」という基準が不明確であったり、正しく教え、適切に振り返るための時間が構造的に奪われていたりすることが根本的な問題である場合がほとんどです。
もし、社内のリソースだけでこれらの課題を解決し、一人ひとりに寄り添う育成体制を構築することに限界を感じるようであれば、客観的な視点から現状を分析し、現場に伴走する外部の専門家の力を借りることも有効な選択肢となります。部下のあふれる意欲を確実な成果へと結びつけるために、自社のマネジメント体制と育成の仕組みを、今一度見つめ直してみてはいかがでしょうか。
