「最近の若手は、どうも覇気がないな…」 「将来どうなりたいのか聞いても、ポカンとしている」 「自分のキャリアなのに、どこか他人事のように感じているようだ」
経営者や管理職の皆様の中には、若手社員に対してこのような印象をお持ちの方が少なくないのではないでしょうか。モチベーション高く、自発的に仕事に取り組み、自身の成長に貪欲であってほしい。そう願う一方で、目の前の若手社員との間に、見えない壁や温度差を感じているかもしれません。
「私たちの若い頃は、もっとガツガツしていたものだが…」と、つい自分たちの時代と比較してしまうこともあるでしょう。
しかし、もし若手社員が自分のキャリアビジョンを描けずにいるとしたら、その原因は本当に彼ら自身の「意識の低さ」や「意欲のなさ」だけなのでしょうか。
もしかしたら、私たち上司の関わり方や、職場環境そのものに、彼らが未来を描けなくさせている要因が潜んでいるのかもしれません。
このコラムでは、「若手がキャリアビジョンを持てない」という現象を、若者個人の問題として片付けるのではなく、組織、特に上司の責任という視点から掘り下げていきます。そして、どうすれば若手社員が前向きに自身のキャリアを考え、成長していけるのか、そのための具体的な方法について、一緒に考えていきたいと思います。
第1章:なぜ、彼ら・彼女らは未来を描けないのか?
「キャリアビジョンを持て」と言われても、今の若手社員がそれを難しいと感じるのには、彼らを取り巻く時代背景が大きく影響しています。決して、彼らが無気力なわけではありません。
1. ゴールテープなきマラソンを走る感覚
かつては、多くの人にとってキャリアの道筋は比較的シンプルでした。良い大学を出て、安定した会社に就職し、年功序列で昇進し、定年まで勤め上げる。このような「モデルケース」が存在した時代には、会社という船に乗っていれば、ある程度の未来が見通せました。
しかし、現代はどうでしょうか。終身雇用は当たり前ではなくなり、テクノロジーの進化は仕事のあり方を根本から変えようとしています。10年後、今ある仕事が同じ形で存在している保証はどこにもありません。
このような変化の激しい時代において、「20年後、30年後にどうなっていたいか」という壮大なビジョンを描くことは、まるで霧の中を手探りで進むようなものです。明確なゴールが見えない中で、「ビジョンを持て」とだけ言われても、戸惑ってしまうのは当然のことかもしれません。
2. 選択肢が多すぎることの不自由さ
インターネットの普及により、私たちは膨大な情報にアクセスできるようになりました。多様な働き方、様々なキャリアパス、成功者の体験談。選択肢は無限に広がっているように見えます。
しかし、皮肉なことに、選択肢が多すぎると人はかえって選べなくなってしまいます。「あれも良さそう、これも面白そう」と思いを巡らせるうちに、結局どれが自分にとって一番良いのか分からなくなり、行動に移せなくなってしまうのです。これを「決定麻痺」と呼びます。
若手社員も同様です。起業、フリーランス、転職、副業…様々な可能性を前にして、「自分は本当にこの会社で働き続けていいのだろうか」「もっと自分に合う仕事があるのではないか」という漠然とした不安を抱えながら、確信の持てる一つを選び出せずにいるのです。
3. 上司世代とは異なる「仕事」への価値観
「仕事が生きがい」「24時間戦えますか」といった価値観が主流だった時代もありました。しかし、今の若手世代にとって、仕事は人生を構成する数ある要素の一つです。プライベートな時間、趣味、家族や友人との関係も、仕事と同じくらい、あるいはそれ以上に大切だと考えています。
彼らは、自己犠牲の上に成り立つ成功を必ずしも望んでいません。自身の幸福やウェルビーイング(心身ともに良好な状態)を保ちながら、持続可能な形で社会に貢献し、成長していきたいと願っています。
そのため、会社への貢献や昇進だけを軸にしたキャリアビジョンを提示されても、心から共感することが難しいのです。彼らが描きたいのは、仕事とプライベートが調和した、自分らしい人生全体のビジョンなのです。
4. 目の前の業務に忙殺され、未来を考える余裕がない
そして、最も大きな原因の一つが、日々の業務に追われ、将来についてじっくり考える時間と心の余裕がないことです。次から次へと降ってくるタスクをこなすだけで精一杯。週末は疲れて寝て終わる。そんな毎日の中で、「自分のキャリアについて考えろ」と言われても、それはあまりに酷な話かもしれません。
さらに、上司である私たち自身が、部下のキャリアについて考える時間を十分に確保できているでしょうか。プレイングマネージャーとして自身の業務も抱え、チームの目標達成に追われる中で、一人ひとりの部下の未来まで気を配るのは、決して簡単なことではありません。
このように、若手がキャリアビジョンを描けない背景には、彼ら個人の資質の問題だけでなく、社会の変化、価値観の多様化、そして私たち上司や会社側がつくりだしている環境の問題が複雑に絡み合っているのです。
第2章:キャリアビジョンなき社員が、組織にもたらす本当のリスク
「キャリアビジョンがないのは本人の問題。給料を払っているのだから、言われたことだけきちんとやってくれればいい」
もし、このように考えているとしたら、それは非常に危険なサインです。一見、目の前の業務は回っているように見えても、社員が未来を描けない組織は、静かに、しかし確実に活力を失っていきます。具体的には、以下のようなリスクが顕在化してきます。
1. 静かに広がる「エンゲージメント」の低下
エンゲージメントとは、社員が仕事に対して抱く「熱意」や「貢献意欲」のことです。自分の仕事が何につながっているのか、この会社で働き続けることでどんな成長が待っているのか。そうした未来への展望が持てない社員は、仕事に対して当事者意識を持つことができません。
「言われたからやる」「怒られない程度にこなす」という姿勢が蔓延し、業務は徐々に流れ作業となっていきます。工夫や改善の提案は生まれず、組織全体のパフォーマンスは少しずつ低下していくでしょう。これは、目に見えにくい分、より深刻な問題です。
2. 静かなる退職「サイレント・離職」の増加
キャリアビジョンが描けないということは、その会社で働き続ける理由が見つけられないということです。「このままここにいても、成長できるのだろうか」「自分の将来はどうなってしまうのだろうか」。そんな不安を抱えた社員は、より良い環境や成長機会を求めて、静かに転職活動を始めます。
特に優秀な若手ほど、自身の市場価値や成長機会に敏感です。彼らが「この組織では未来がない」と感じた時、引き留めるのは非常に困難です。一人の若手の離職は、単なる労働力の一時的な欠如ではありません。これまで投下してきた採用コストや育成コストが無駄になるだけでなく、残った社員のモチベーション低下や、さらなる離職の連鎖を引き起こす可能性もはらんでいます。
3. イノベーションの芽を摘む「指示待ち文化」
新しいアイデアや事業の革新は、現状に対する問題意識や、「もっとこうすれば良くなるはずだ」という当事者意識から生まれます。しかし、社員が自分の仕事とキャリアのつながりを感じられず、ただの「作業」として捉えている組織では、そうした自発的な動きは期待できません。
「余計なことをして、評価を下げられたくない」 「言われたことだけやっていれば、責任も取らなくて済む」
このような空気が支配的になると、組織は新しい挑戦を恐れるようになり、変化に対応できず、徐々に市場での競争力を失っていきます。キャリアビジョンなき社員の増加は、組織の未来を閉ざすことにつながるのです。
社員がキャリアビジョンを持てないことは、単なる個人の悩みではなく、組織の活力を蝕み、持続的な成長を阻む重大な経営課題であると認識することが、すべての出発点となります。
第3章:上司だからこそできる。部下の未来を育む3つのステップ
では、どうすれば部下が自らのキャリアについて前向きに考えられるようになるのでしょうか。その答えは、上司であるあなたの、日々の小さな関わりの積み重ねの中にあります。キャリアビジョンを「与える」のではなく、部下自身が見つけ出すのを「手伝う」。そのための具体的な3つのステップをご紹介します。
ステップ1:まず「知る」ことから始める(1on1という対話の場)
部下のキャリアを考える上で、最も大切なことは、上司が一方的に「こうあるべきだ」と語ることではありません。まず、部下自身が今、何を感じ、何を考え、何に興味を持っているのかを「知る」ことです。そのための最も有効な手段が、定期的な1on1ミーティングです。
これは、業務の進捗確認や評価面談とは全く異なります。主役はあくまで部下。上司は聞き役に徹し、部下が安心して本音を話せる「安全な場」を作ることが目的です。
週に1回15分でも、2週間に1回30分でも構いません。大切なのは、継続することです。
<1on1で何を話すか?>
- いきなり本題に入らない: 「最近どう?」「週末は何してた?」といった雑談から始め、場の空気を和らげましょう。
- 「キャリア」という言葉を使わない: 「将来どうしたい?」という大きな質問は、相手を身構えさせてしまいます。まずは、「今の仕事で、面白いと感じる部分はどこ?」「逆に、難しいな、大変だなと感じるのはどんな時?」といった、身近な質問から始めましょう。
- 過去の経験にヒントを探す: 「これまでで、一番やりがいを感じた仕事は何だった?」「学生時代に熱中したことは?」といった質問は、本人が大切にしている価値観や、強みを見つける手助けになります。
- 徹底的に「聞く」: 上司が話すのは2割、部下が話すのが8割を目指しましょう。相槌を打ち、時折「それはつまり、〇〇ということかな?」と要約してあげることで、部下は「ちゃんと聞いてもらえている」と感じ、自分の考えも整理されていきます。
この対話を通じて、上司は部下の個性や価値観、強みや弱みを深く理解することができます。そして部下自身も、話すことを通じて、漠然としていた自分の感情や思考に輪郭を与えていくことができるのです。信頼関係という土台があって初めて、キャリアという種は芽を出します。
ステップ2:日々の仕事と未来を「つなげる」
キャリアビジョンは、ある日突然、天から降ってくるものではありません。日々の業務という点と点をつなぎ、線にしていく作業の中で、少しずつ形作られていくものです。上司の役割は、その「つなげる」作業を手伝ってあげることです。
<具体的な「つなげ方」>
- 仕事の意味を伝える: 部下に仕事を依頼する際、「これをやっておいて」で終わらせていませんか?「この資料作成は、来週の重要なプレゼンで、お客様の意思決定を後押しするために必要なんだ。特にこのデータ分析の部分は、君の丁寧な仕事ぶりが活きると思う」というように、その仕事がチームや会社全体の中でどのような意味を持つのか、そしてなぜ「あなた」にお願いするのかを伝えましょう。
- 成長を具体的にフィードバックする: 「〇〇さん、最近お客様への説明がすごく分かりやすくなったね。半年前と比べて、自信を持って話せるようになったのが伝わってくるよ。そのスキルは、将来リーダーになった時にも必ず役立つね」。このように、良かった点を具体的に褒め、それが将来のどんな可能性につながるのかを言語化してあげましょう。漠然とした「成長実感」が、確かな「自信」に変わります。
- 少し先の景色を見せる: 「今やっているこのプロジェクトが無事に終わったら、次は〇〇みたいな仕事に挑戦してみないか?今の経験を活かせば、きっとうまくやれると思うんだ」。本人の強みや興味を考慮した上で、少し先のキャリアパスを具体的に示してあげることで、部下は現在の仕事の先に未来があることを実感し、モチベーションを高めることができます。
日々の業務が、自分の成長や未来につながっている。この感覚こそが、キャリアを考える上での原動力となるのです。
ステップ3:小さな「成功体験」をデザインする
いきなり大きな目標を立てさせても、達成できずに終わってしまっては、かえって自信を失わせてしまいます。大切なのは、少し頑張れば乗り越えられる「小さな壁」を用意し、それを乗り越える「成功体験」を意図的に積ませてあげることです。
<成功体験のデザイン方法>
- 「ストレッチ目標」を設定する: 本人の現在の能力で楽々クリアできる目標でもなく、到底達成不可能な目標でもない、まさに「少し背伸びすれば手が届く」レベルの目標を、本人と話し合いながら設定します。
- プロセスを任せてみる: やり方を全て指示するのではなく、「この目標を達成するために、どういう手順で進めていきたい?」と本人に考えさせ、任せてみましょう。もちろん、困った時にはいつでも相談に乗る姿勢は忘れずに。自分で考え、実行した経験は、大きな自信につながります。
- 結果だけでなく、過程を評価する: たとえ目標達成に至らなかったとしても、「あの時、〇〇の視点で情報を集めていたのは素晴らしかった」「難しい相手に対して、粘り強く交渉しようとした姿勢が良かった」というように、挑戦した過程や工夫した点を具体的に認め、称賛しましょう。失敗を恐れずに挑戦できる環境が、成長を加速させます。
「できた!」という小さな喜びの積み重ねが、「自分ならもっとできるかもしれない」という自己効力感を育みます。この感覚こそが、より高い目標や、自らのキャリアについて主体的に考えるためのエネルギー源になるのです。
結論:キャリアビジョンは「育む」もの
「最近の若手はキャリアビジョンがない」という嘆きの多くは、実はコミュニケーションのすれ違いから生じています。彼らは未来を考えていないのではなく、どう考えればいいのか、そしてその考えを誰に、どう伝えればいいのか分からずに、立ち止まっているだけなのかもしれません。
若手社員がキャリアビジョンを持てないのは、彼らの能力や意欲の問題ではなく、彼らが安心して未来を語り、挑戦できる環境が整っていないことの表れです。そして、その環境を作る上で最も重要な役割を担うのが、すぐそばにいる上司、すなわち「あなた」なのです。
上司が部下一人ひとりと真剣に向き合い、耳を傾け、その人らしい未来への道筋を一緒に探していく。日々の業務の中に成長の機会を見出し、小さな成功を喜び合う。そのような地道な関わりこそが、部下の心に火を灯し、自律的な成長を促します。
キャリアビジョンは、研修で「作らせる」ものでも、上司が「与える」ものでもありません。日々の対話と信頼関係という栄養豊富な土壌の中で、時間をかけてゆっくりと「育んでいく」ものです。
そして、社員一人ひとりが自分のキャリアに希望を持ち、生き生きと働く組織は、必ず強くなります。個人の成長が組織の成長に直結し、持続可能な発展へとつながっていくのです。
まずは、週に一度、たった15分で構いません。パソコンの画面から顔を上げ、あなたの隣にいる部下と、じっくり向き合う時間を作ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。その小さな一歩が、部下の未来、そして会社の未来を変える、大きな一歩になるはずです。