部下の成長が加速する「聞き方」の技術。あなたは「教える上司」から脱却できていますか?

はじめに

部下から「〇〇で困っていまして…」と相談を持ちかけられた時、あなたならどう対応しますか?

多くの管理職やリーダーの方々は、部下を思う気持ちから、そして一日も早く問題を解決してあげたいという善意から、即座にこう答えてしまうのではないでしょうか。

「なるほど、その件なら、こうした方がいいよ」 「以前にも同じようなことがあって、その時はこうやって解決したから、試してみて」

頼れる上司として、自身の経験に基づいた的確なアドバイスをすることは、一見、とても合理的で正しい行動のように思えます。しかし、もしあなたが部下の長期的な成長を心から願っているのであれば、その「すぐに教える」という習慣が、逆に彼らの成長の機会を奪ってしまっている可能性があるとしたら、どうでしょうか。

今回のコラムでは、良かれと思ってやっているアドバイスがなぜ部下の成長を妨げるのか、そして、部下が自ら考えて行動できる人材へと育っていくために、上司としてどのようなコミュニケーションを心がけるべきか、その具体的な方法について、順を追って解説していきます。

なぜ「すぐに教える」ことは、部下の成長を止めてしまうのか

「部下がなかなか育たない」 「いつまで経っても指示待ちで、自分から動こうとしない」

こうした悩みの根源は、実は上司であるあなた自身の「教え方」にあるのかもしれません。すぐに答えを与えてしまうコミュニケーションには、主に3つの落とし穴が潜んでいます。

1. 部下の「考える力」を奪ってしまう

人間は、困難な状況に直面した時、それをどう乗り越えるかを必死に考えることで成長します。しかし、壁にぶつかるたびに上司が「正解」とされる道をすぐに示してしまっては、部下は自分で考えることをやめてしまいます。

「困ったら上司に聞けばいい」 「自分で考えるより、答えをもらった方が早いし確実だ」

このような思考パターンが定着すると、部下は次第に目の前の業務をこなすだけの「作業者」になってしまいます。未知の問題に遭遇した時や、上司がそばにいない状況で、自分の頭で考えて最適な答えを導き出す、というとても大切な能力が育まれなくなってしまうのです。

2. 部下の「主体性」が失われる

常に指示やアドバイスを与え続けられる環境は、部下から「この仕事は自分が主導権を握っている」という当事者意識を奪います。仕事の成功は「上司のアドバイスのおかげ」、失敗すれば「言われた通りにやったのに」と、結果に対する責任感も希薄になりがちです。

これでは、仕事に対するモチベーションも高まりません。やらされ仕事が増え、どうすればもっと良くなるだろうか、といった改善提案や新しいアイデアも生まれにくくなります。自ら目標を設定し、それに向かって能動的に動く「自走できる人材」とは、正反対の方向に進んでしまうのです。

3. 「心理的な壁」を作ってしまう

意外に思われるかもしれませんが、的確なアドバイスは時として、部下との間に見えない壁を作ることがあります。

部下が相談に来る時、彼らが求めているのは、必ずしも「完璧な解決策」だけではありません。

「この大変な状況を、まずは分かってほしい」 「自分の考えや気持ちを、一度受け止めてほしい」

こうした承認欲求や、不安な気持ちへの共感が根底にある場合も多いのです。それにもかかわらず、上司が「話は分かった。で、解決策はこうだ」とばかりに本題に切り込んでしまうと、部下は「自分の気持ちは聞いてもらえなかった」「この上司は、結局『正しさ』にしか興味がないんだな」と感じてしまうかもしれません。

このような経験が続くと、部下は次第に本音で話すことをためらうようになります。当たり障りのない報告はするけれど、本当に困っていることや、自身の弱み、失敗については口を閉ざすようになり、結果として問題の発見が遅れ、より大きなトラブルにつながる危険性すらあるのです。

成長のエンジンを始動させる「共感」というステップ

では、部下の「考える力」と「主体性」を育み、信頼に基づいた良好な関係を築くためには、どうすればよいのでしょうか。

その答えは、「すぐに教える」のではなく、まず「共感する」 という、たった一つのステップを挟むことにあります。

ここで言う「共感」とは、単に「そうだね、大変だね」と同情することではありません。相手の言っている事実と、その背景にある感情を、一旦まるごと受け止める姿勢のことを指します。

例えば、部下が「新規の顧客に提案したのですが、まったく手応えがありませんでした…」と落ち込んだ様子で報告に来たとします。

【すぐに教えてしまう上司の対応】 「そうか。どんな提案をしたんだ?資料を見せて。あぁ、この部分の訴求が弱いな。次はここのデータを厚くして、こういう切り口で話してみて」

【まず共感する上司の対応】 「そうか、手応えがなかったんだね。時間をかけて準備しただろうに、それはがっかりするよな。(一拍置いて)もう少し詳しく聞かせてもらえるかな。どんな状況で、君自身はどう感じた?」

この二つの対応の違いが、部下のその後の成長に大きな影響を与えます。

後者の対応をされた部下は、「自分の頑張りと、悔しい気持ちを分かってくれた」と感じ、上司に対する心理的な安全性を覚えます。この「安心して話せる」という土台があって初めて、部下は自分の失敗を冷静に振り返り、次への一歩を考えるエネルギーを得ることができるのです。

なぜ「共感」が部下を成長させるのか

共感から始めるコミュニケーションが、具体的にどのような効果をもたらすのかをもう少し詳しく見ていきましょう。

1. 心理的安全性が確保され、本音が引き出される

自分の気持ちや状況を受け止めてもらえたと感じることで、部下は「この人になら、もっと正直に話しても大丈夫だ」という安心感を持ちます。

「実は、お客様のある質問にうまく答えられなくて、そこから空気が悪くなってしまったんです…」 「正直に言うと、準備不足だったかもしれません…」

このように、アドバイスだけを求めていては出てこなかったであろう、失敗の根本的な原因や、部下自身の課題が、自らの口から語られるようになります。問題の本質が正確に見えることで、初めて的確な打ち手が見えてくるのです。

2. 部下自身の頭の中が整理される(内省の促進)

人に話を聞いてもらうという行為には、自分の思考を整理する効果があります。これを心理学では「カタルシス効果」と呼ぶこともあります。

上司が共感的に耳を傾け、時折「それはつまり、〇〇ということかな?」「その時、一番困ったのはどんな点だった?」と質問を投げかけることで、部下は自分の置かれていた状況や感情、そして行動を客観的に見つめ直すことができます。

話しているうちに、「あ、そうか。自分はあの時、焦ってしまって本来伝えるべきことを伝えられていなかったのかもしれない」「もしかしたら、あのお客様が本当に知りたかったのは、価格ではなくて導入後のサポート体制だったんじゃないか」といったように、部下自身が問題の核心や、次にとるべきアクションに自ら気づくケースは決して少なくありません。

この「自分で気づく」という経験こそが、何よりも大きな学びとなり、同じ失敗を繰り返さないための確かな力となっていくのです。

3. 自己肯定感が高まり、次への挑戦意欲が湧く

自分の意見や感情を一度しっかりと受け止めてもらう経験は、部下の自己肯定感を高めます。「自分の考えは、決して無価値なものではないんだ」と感じることができ、自信につながります。

上司にただ答えを教えてもらうのではなく、対話を通じて自分で解決策を見つけ出した場合、その成功体験はさらに大きな自信となります。たとえ小さな一歩であっても、「自分で考えて、乗り越えられた」という感覚が、次のより困難な課題に挑戦しようという意欲の源泉になるのです。

今日から実践できる「共感」から始める3つのステップ

では、具体的にどのような流れで部下との対話を進めていけばよいのでしょうか。ここでは、誰でも今日から実践できる3つのステップをご紹介します。

ステップ1:まずは聴き切る(傾聴と受容)

部下が話し始めたら、途中で「でも」「それは違う」と遮ったり、自分の意見を挟んだりせず、まずは最後まで真摯に耳を傾けましょう。

  • 相槌を打つ: 「うん、うん」「なるほど」
  • 相手の言葉を繰り返す(バックトラッキング): 「〇〇という状況だったんだね」「手応えがなかった、と感じたんだね」
  • 感情を受け止める: 「それは悔しい思いをしたね」「不安になるのも無理はないよ」

大切なのは、評価や判断を一旦脇に置いて、ただ「聞く」ことに徹することです。部下に「この人は、私の話を真剣に聞いてくれている」と感じてもらうことが、このステップのゴールです。

ステップ2:質問で思考を深める(内省の支援)

部下の話を十分に受け止めたら、次は質問を投げかけることで、部下自身の思考を深める手助けをします。ただし、詰問調にならないように注意が必要です。

ここでのポイントは、「Yes/No」で終わってしまう「クローズド・クエスチョン」ではなく、相手に考えさせる「オープン・クエスチョン」を主体にすることです。

【良くない質問の例(クローズド・クエスチョン)】

  • 「A社のキーマンには会えたの?」
  • 「資料は事前に送っておいたんだよね?」

【良い質問の例(オープン・クエスチョン)】

  • 「その状況を、君自身は今どう捉えている?」
  • 「今回の一件から、どんなことが学べたと思う?」
  • 「もし、もう一度同じ場面に戻れるとしたら、次はどうする?」
  • 「この状況を乗り越えるために、どんな選択肢が考えられそうかな?」

これらの質問に正解はありません。部下が自分自身の言葉で考え、答えるプロセスそのものに価値があるのです。上司の役割は、答えを与えることではなく、部下が答えにたどり着くための「質の良い問い」を投げかけることです。

ステップ3:選択と決定を尊重する(伴走と支援)

対話を通じて、部下が「次はこうしてみようと思います」と自分なりの解決策を見つけ出したら、まずはその意思を尊重しましょう。たとえそれが、上司であるあなたから見て100点満点の答えではなかったとしても、まずはやらせてみることが大切です。

その上で、「その方法で進めるにあたって、何かサポートできることはある?」「もし途中で困ったことがあったら、いつでも声をかけて」と、常に見守っている、味方であるというメッセージを伝えます。

部下が自ら考え、決定し、行動する。そしてその結果を上司と共に振り返り、また次の行動につなげていく。このサイクルを回し続けることこそが、部下が自律的に成長していくための王道なのです。

もちろん、緊急性が高い場合や、重大なコンプライアンス違反につながるような場合は、上司が明確な指示を与える必要があります。しかし、日常の業務における多くの相談事は、部下の成長機会の宝庫です。

まとめ:教える上司から「引き出す上司」へ

部下から相談された時、すぐに的確なアドバイスをしてしまうのは、部下を思う優しさと責任感の表れです。その気持ちはとても尊いものです。

しかし、その善意が、長い目で見た時に部下の「考える力」や「主体性」を育む機会を奪ってしまっているとしたら、それは双方にとって非常にもったいないことです。

「すぐに教える」というティーチング型の関わりから、まずは「共感し、質問する」ことで相手の中から答えを引き出すコーチング型の関わりへ。この変化は、最初はどかしいかもしれません。すぐに答えを教えた方が、目の前の仕事は早く片付くでしょう。

ですが、その一手間をかけることが、部下一人ひとりの成長角度を劇的に変え、将来的には上司であるあなた自身の時間を生み出すことにもつながります。自分で考えて動ける部下が増えれば、チーム全体のパフォーマンスは飛躍的に向上し、組織としてより大きな成果を出すことができるようになるはずです。

明日、部下から相談を持ちかけられたら、まずはぐっとこらえて、こう言ってみてください。

「そうか、大変だったね。まずは、どういう状況だったのか詳しく聞かせてくれるかな?」

その一言が、部下と、そしてあなたの組織の未来を変える、大きな一歩になるかもしれません。